第24話
光で作られた槍は比喩抜きに、無尽蔵に降り注ぐ雨粒と同等の数がある。
――ファーシスは、一度に出せる光の量に上限はあるが、それとは別に『ストック』ができる。
そしてこの、先までに比べると異常な程増えた光の量はファーシスが『ストック』できると気づいた日からコツコツと貯めてきた貯蓄の――半分。そして、それプラス一度に出せる上限いっぱい。
まさしく天を覆う量だ。
「「……1度に出せる上限があると踏んでいたが、見誤ったか」」
降ってくる槍を見据えながら、ルヴェールは初めて――構えた。
膝を曲げて左足を出し、拳にした右手は引く体勢。
「「――『黒瘴』」」
刹那、構えを取る少年の両手から、ケガレの特徴である瘴気が、今まで見たどのケガレよりも多く発現する。それは周囲に広がり、ルヴェールの姿が見えなくなるほどの量で辺りを埋め尽くし後、まるでテープの逆再生のように瘴気が纏まってゆく。
その動きに目を見張れば、次に見える景色は両手が黒くなり、丁度肩のあたりに巨大な瘴気の拳が浮かぶルヴェールの姿だった。
「はぁ?」
苛立ちが声となり、そして同時にファーシスは理解した。
あのルヴェールという竜は、『瘴気』を操れるのだと。
同時、槍が着弾する。瘴気の拳は槍で貫けるほど柔らかいが、勢いが微塵も減らぬ程ではない。そして何より壊れた瞬間から生成される。
勢いの落ちた槍を、最硬度の、少年自身の拳で粉砕する。
先刻のファーシスの攻撃を全て避けた舞のような動きはそのままに、そこに攻撃性が加わっている姿は敵ながら呆気にとられるほど洗練されている。
――鍛える相手に『人』は居ないだろうに、よくぞそこまで鍛えれるものである。
「……意地でも尊敬はしないけどね」
降り注ぐ槍と共に突撃を開始するファーシスは地を蹴り空を支配する。
降る槍を足場にして、また別の槍を手に取って降り注ぐ速度の倍の速度でルヴェールへ槍を投げつけ――、
「はぁ!?」
「「――面白いぞ! 小僧!」」
本心から楽しげに呟く、舞う黒竜は、投擲された槍を掴むと勢いはそのままに、その力の方向を変えた。
方向が変更された槍の向かう先は勿論――ファーシスだ。
「……ッ!」
しかも恐ろしいことに槍を蹴って空を移動する、その『移動先』に投擲してくるのだ。
ファーシスは自身の顔面に槍が直撃する直前、それだけを解除して事なきを得た。
そして同時に、心の底から実感する。
――コイツは、ここで殺さなければならないと。
だからこそ、そうだからこそ――、
「お前を殺すのは、俺じゃない」
空中から即死の散弾を撒きながら、しかしこれは通じないだろうと、ファーシスは理解している。
それでも尚続けるのは、たった一撃で決めてくれる攻撃を、リヴァが放ってくれると信じているからだ。
拳に撃ち落とされ、横殴りで破壊され、両手で挟まれて粉々にされ、少しずつ、だが確実に槍の量が減っていく。
避ける、壊す、避ける、壊す。
無限にも思える量を対処し続ける合間、ずっとルヴェールは嗤っていた。
「「よもや……こんな相手と戦えるとは」」
――正直に言って、ルヴェールはファーシスを過小評価していた。
能力を見たときに、それにかまけているだけの人物ではないかと、心の何処かで考えてしまっていたのだ。だが、蓋を開けてみればどうだ。
――体術、戦術、頭の回転、対応力、どれをとっても最高峰の実力。全く以て、最高としか言えないではないか。
「「だからこそ……残念だ」」
――雨の止んだ、曇った空に薄く照らされながら、ルヴェールは落胆を口にする。
その落胆は、最大出力を凌がれてしまった少年に向けて放った言葉だ。
土煙の名残が残る地面に、両の脚で立つ少年はボロボロである。肩で息をしている姿からは、もう限界が近いことが見て取れる。
そこかしこに突き刺さる槍の量を見るだけで、それの対処がどれだけ気の遠くなるようなことかが理解できる。
そしてそれと同時に感じる、『これ以上はない』という半ば確信のような考え。
大技を凌がれた、もう勝ち目のない少年を見据えて、ルヴェールは再び口を開こうとして――、
「「何故笑う?」」
「……勿論、お前が滑稽だからだよ」
「「……?」」
――ファーシスは、ルヴェールを見て、ボロボロの状態で笑っているのだ。
何故――、
「お前は消えた1人を気に掛けなかった。その時点で、こっちの勝ちなんだよ」
消えた、1人。てっきり初手の大技のみで逃げたと思っていたが――、
「頼んだよ……リヴァ兄」
そう言って意識を失って倒れるファーシスの後ろに佇むのは――最初に居た、髪の長い少年。
「「……来い!!」」
口角が限界突破したルヴェールが構える。
この一撃を避けるなんて勿体無い。――これを真正面から受け止めずして、勝利と呼べる代物は手に入らない。
「『ウォーター』。――『水星』ッッッ!!」
一閃が、迫る――。
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