第23話

「「第2ラウンドといこうか」」


瞳孔が4つある、一目で異常とわかる風貌。溢れ出る鬼気はもしそこに余人がいれば、戦慄を問答無用で押し付ける代物だ。

隙だらけの佇まいでありながら隙がないという矛盾を成立させる存在。――それが少年となった黒龍への初見の感想だった。


「……お前は、なんなんだ」


冷や汗をかきながら、構えを解かずにリヴァは問う。

ファーシスは無言で、手に光の双剣を創り出した。その2つを交互させれば、戦闘準備は万端だ。


「「……なんだとはいかにもな質問よのう」」


少し呆けた顔をして質問への返答を考える黒龍を見据え、リヴァはダランと下げて手の甲が黒龍に向けられている掌で、見えぬように水球を生成した。


「質問への返答がないぞ。まずは名前でも明かしたらどうだ」


ここから先の会話は重く、固く、小さく、一撃で沈められる威力を込めるための時間稼ぎだ。

――だが同時に、うまく行けば得体の知れない少女と記憶のなくなったサタの情報を聞き出せるかもしれないという目的もあった。

しばし思案した黒龍の少年は、その可愛らしい顔を禍々しい程に歪めて、両手を広げて2人を嗤う。


「「――我はルヴェール。名は強者にしか名乗らぬからな。双方、喜ぶがいいぞ」」


鬼気が、漏れ出る――。


「……リヴァ兄、あとどんくらいかかる?」

「あと、ちょいかな」

「わかった」


返事と同時に起こるのはファーシスの後方から巻き起こる土煙だ。だがそれは黒龍の作戦などではなく、単純にファーシスの脚力によるものだ。

隙を付いた、且つ最高速の奇襲。地球へ来ているどの人間どの天使であろうと反応すらし難いであろう極上の一撃。


「「速度は上げればいいものではない。扱える技量があってこそよ」」


――だが、それをルヴェールは容易に止めた。


「ッ!」


歯軋り。そして追撃。

双剣で四方八方から剣戟を浴びせた。

――全て半歩の動作で避けられる。

手に陽動の槍を持ち、そしてルヴェールの死角から出現させた本命の攻撃を放つ。

――首を傾け避けられて、不発に終わる。

空中に光の足場を生成して、空間を蹴ってファーシスは動き回り、意識外から一撃を放つ。その間にも指一本程の太さの矢はそこかしこからルヴェールを攻撃し続けているのだ。――なのに、


「「中々良いぞ!」」


――まるで演舞をするように。

――まるで万全の準備をしてきたかのように。

――まるで未来が見えているかのように。

この黒龍はずっと、ファーシスが全力で能力を駆使して放ち続ける攻撃を避けて尚余裕を保っている。

傾け、翻り、軽々しく。

笑い、愉しみ、愉悦を浮かべ。


黒龍はファーシスを翻弄し、滅多に出会えぬ強者に心躍らせる。


「「どうした? それでは一生我には勝てんぞ?」」


歯を見せて顔に違う表情で笑い、ルヴェールはファーシスの攻撃後の隙を狙って腹へ軽く拳を入れる。

軽く、だ。ルヴェールからしたら軽い挨拶。

そして普段のファーシスなら食らったとて気にも留めぬであろう弱々しい攻撃。

だが、今は地を蹴り天を蹴り、空中を駆け回った恩恵に上昇した速度がある。それこそ、銃弾にも引けを取らないほどの。

そして、その速度そのまま何かにぶつかれば――、


「「……だから扱えぬ速度はやめておけと言ったろうに」」


――威力は想像を絶するものとなってファーシスに跳ね返ってきてしまう。


「……が……ふ……ッ!」


見れば、一方的に攻撃していた筈のファーシスがよろけてしまっていた。腹を抑えてルヴェールを睨み、戦気に衰えはない。


「……く、っそ」


罵倒を吐いて、数歩の距離を保ったままファーシスはルヴェールに手を向ける。天使の輪が顕現、同時にファーシスの背後には数え切れぬほど無数の光が現れる。最早武器の形がわからぬほど光るそれらは、当たればただでは済まないと分かり易いほど警告をしていた。


「「今ので数での力押しは無意味とわからんか?」」


少し驚いた顔で、ルヴェールは肩をすくめる。


「百でダメでも千がある。千でダメなら万を試す。そこまでやらなきゃ力押しは通じないって言えないでしょ?」


口内の血の味を無視しながら、一撃で体力を持っていかれたことを悟られぬようにハッタリをかまして豪快にファーシスは笑う。

敵を見据えて嘲笑い、手を振り上げ――、


「「……来い!」」


楽しみに心躍らせる少年へと、光の雨を降らせるために、ファーシスは手を振り下ろした。

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