第22話

「「む?」」


初めて、黒龍が驚愕と困惑を半々に含んだ声を出す。そしてそれは、天使二人の作戦がハマったことの証明でもあるのだ。


「陽動に……見事に引っかかってくれたな」


肩で息をしながら、リヴァはしてやったりと、彼にしては悪そうなにやけ顔を黒龍に向ける。

大技で視線を奪い、相方に本命を預ける。単純だが、初見の敵には大いに有効だ。


「――墜ちろ」


ファーシスが未だ空中に留まる黒竜に手を向け、その羽に刺さっている光の矢を巨大化させる。


「「ッッ!」」


明確に、確実に、龍がその口からうめき声を発した。攻撃が効いている証拠である。

巨大化した矢は龍に重くのしかかり、ファーシスの言葉通り地に龍を墜とすに充分な威力を発揮してくれた。

――殺せる。

上空からの墜落、そしてファーシスの魔法と、通常のケガレなら何度死んだかわからない威力を食らわせている。故に、今が好機。


「ファーシス!」

「リヴァ!」


双方同じことを考えていたのか、呼びかけが重なった。声の主たちは魔法の前触れである天使の羽と輪を世界に出現、そして聊かの躊躇いすらも持たずに流れるように魔法を顕現させる。

動けぬ龍に、鉄槌を。

リヴァとファーシスは陽動ではない大技を、龍へ――、


「「……ここまで楽しめるとは驚きよ!」」


躊躇いなく、数秒のタイムラグもなく、畳み掛けたはずだ。なのに、その楽しみ、愉しむ声はしかと2人の耳朶を打った。

――2人と1匹を取り巻く砂煙が、龍の影へと吸い込まれた。


「……?」


違和感。何か、普段と決定的に違う感触。だが負の方向の違和感ではない。それどころか、どこか晴れがましいような、そんな空気感。

ずっと地球に来て以来感じ続けていた不快を伴う瘴気が、一瞬だが確かに晴れたのだ。

だから、刹那にも満たないが、確かに2人は戸惑ってしまった。

そして困惑は止まらない。世界は目まぐるしく、2人に情報を上乗せしてくる。

混乱、当惑、乱脈、混迷。思考が少しも纏まらない。

だが当然だろう。――目の前の龍の頭上だけ、青々とした空が見えるほど晴れているのだから。


          1


天使の梯子、という現象がある。

空を覆う厚い厚い雲が、一部分だけ消えたときに、そこだけ陽の光がさす現象のことだ。それはまさしく幻想的で、明媚な光景だ。天使の舞い降りる梯子と形容するのが良く理解できるほど。

――だから、場違いでも感じざるを得なかった。そして、信じたくなかった。

目の前にいる『コイツ』を、まるで天使のようだと感じたことを。


「「ふむ、こんなものか」」


声は変わらない。連なっているところも、喋り方も。しかし、明確に違うところがある。

誰が見ても、誰が比較しても即座に気づくだろう違い。

土煙が晴れて、天使の梯子が照らし出す黒竜は、150cmほどの少年となっていたのだ。

艶のある黒髪を耳にかかる程度で伸ばし、癖のない直毛をセットせずに放置している感じの髪型。

双眸はまるで黒曜石のようで、1度見たら忘れぬだろうほど整った顔立ちだ。だが、常人凡人のそれと違い、驚くことに目1つにつき1つしかないはずの瞳孔が、少年の目には1つにつき2つ存在していた。


「……生き残りの地球人って線は」

「あるわけないでしょリヴァ兄、現実見て」


冷や汗、焦燥、慄き。それらを感じずにはいられない何かが少年から溢れ出ている。

間違っても生き残った地球人などでは断じてないだろう。


「「さて、第2ラウンドとしよう」」


瞳孔を4つ携える少年は2人を睥睨し、戦闘態勢をとった。

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