21話目
重々しく、そして二重に連なる声で飛竜は言い放つ。容赦をしないと、そう告げる言葉とともに流れ出た気配は『死』を纏っていると、リヴァもファーシスも本能で理解をした。
だが、こちらも殺される気など毛頭ない。
「隊長に頼まれてるから、負けないよ、俺は」
「僕も皆を守るためなら立ってるからね」
2人の天使は並んで立ち、そして飛竜を見据える。
2人の思いは同じだ。
「「――帰ってもらうよ、ケガレには」」
「「……その言葉が見栄ではないことを祈ろう」」
揃った声と、二重の声。その双方が自分は負けないと、そう自信満々の意思を孕んでいた。
合図もなく、飛竜が高速で上空から瘴気を放つ。目で追うことが不可能なそれは、鞭ではなく弾として射出されており、使い切りの攻撃だ。
その、速さによる不可視の攻撃を、しかし天使2人は難なく防ぐ。
片方は光の盾で、片方は水の防壁で。
「ファーシス」
「――」
2人は目を合わせて、数秒の停滞すら無く動き出す。互いに別方向へ、そして動きながら攻撃を仕掛けてくるので上空にいる飛竜は狙い撃ちである。
光の槍や水の高圧放水をすれすれで避ける飛竜に、一際大きい水球が迫る。その大きさは軽自動車すら3台は入ろうかと言わんばかりの大きさであり、かなりの大技であることは見て取れた。
「「当たれば恐ろしい攻撃よ」」
――しかし、それは言外に当たらなければ意味がないと言っているも同義だった。そしてその発言どおり、大技の水球は難なく避けられ――、
飛竜の羽に、矢じりの形になっている光の矢が、突き刺さっていた。
1
「……取引をしよう。俺を材料に」
辺りに他の天使達はいない。淀んだ空気を肌で直に感じながら、ミカレは目の前の無表情の少女に交渉をもちかける。
ここにいるのは、ミカレとこの少女のみだ。
邪魔される心配は、無い。
「貴方を材料にしたとして、何を取り返したいの?」
抑揚のない声音で、少女は呟く。何も思っていないようなその双眸でミカレは見抜かれる。何か、全てを見透かしていそうな目で、ミカレはあまりそれを好かなかった。
「サ……イベリスと俺を交換してほしいんだ」
「それをして何のメリットが……」
「――俺がいたら、他の天使を誘い出せるぞ。お前の目的は大方俺らを殺すことだろう」
――無論、誘い出す気も殺される気もない。だが、その言葉で無表情の少女の目が確かに揺らいだのは事実である。
これでイベリスを取り戻し、天使達に引き渡す。そうしてミカレだけが犠牲になれば、これで解決万々歳ではないか。
「ほら、早く選べよ。お前も、他の天使達に割り込まれたくないだろ?」
天使達は来ないが、急かせばこちらに都合の良い結論を出してくれる可能性もある。
うなじを流れる冷や汗が、ミカレの精神の消耗をそのまま表していた。――目の前にいるのは、サタすら倒す相手なのだ。この程度の消耗は、必要経費と割り切るほかない。
一方の少女はまるで何も緊張していないように見える。こちらの提案は通るのだろうか。今、この瞬間にも戦闘が始まってしまうのではないだろうか。
乗ったふりをされて、むしろ被害が拡大してしまう可能性も――、
「――ッ!」
ミカレは歯を食いしばり、自らを戒める。
不安も、懸念も、今は後回しだ。今はイベリスを助けることだけ達成できればそれで満点である。
――たとえ、その代わりにミカレが犠牲になろうとも。
「……なら」
返答を待つミカレに、少女は唐突に口を開く。
話には乗る姿勢に、見えないこともない。
「……なら?」
「本人に聞いてみようよ。――ね?」
ミカレは、初めて見るその少女の微笑に、何故か戦慄を感じずにはいられなかった。
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