18話目

「だから――!」

「それは――!」


アバンとミカレの言い合いは止まらなかった。

焚き木の火を揺らし、火を挟んで互いに意見を飛ばし合う。

収集もつかないような論争の果て、たどり着く結末すら2人は描けていない。――ただ、ムキになっているだけである。

そして、無限に続くように感じられるこの論争は、その数秒後に簡単に鎮まることとなる。

その、原因が――、


「……あ、あの」


アバンの右手側、ミカレの左手側からした声だった。

双方が、何故声がするのかと驚きながら声の主の方を向き、そして別のことが原因で更に驚くこととなる。


「「――サタ!?」」


2人の重なった声が、辺りに響いた。


          1


アバンは目を見開いていた。

数日間探しても見つからなかった目的の少女が、向こうから現れてきたからである。


「サタ、探したんだよ。……一緒に、帰ろう」


ミカレが、サタに向き合って右手を差し出す。

誰が聞いても安堵の声とわかるような声音で、サタに語りかけた。

その声を聞いてサタも安堵して、ミカレの手を取って一件落着――と、平和に物事が進めばどれほどよかっただろうか。


「……の」

「……サタ?」

「……あ、あの、わたし……サタって名前じゃない、です」

「――え?」


ミカレの差し出した手が、大きく揺れた。


「な、んで……? サタって……君のなまえ……」

「わ、わたし……イベリスって名前があるんです」


ミカレの横にいるアバンは、その絶望を拒否する必死なミカレの顔を見てしまった。

今にも泣きそうで、なんでと嘆いた顔をして、どうしてと喚く感情を覗かせていて。


「……さたって……はは……おれ、は……君のこと、好き、だったのに」


絶望の声と共に漏れる好意を伝える言葉の返答は、何故という不可解な顔だった。


「……わたし、数日前からの記憶がないんです」


乾いた笑いは無関心の証拠じゃない。むしろ、現実を拒否するが故のその声音なのだ。

だって、当然だろう。――サタが記憶喪失など、誰も信じたくない。


「あ、あの……大丈夫、ですか?」


――記憶を失っても、優しさを見せてくれることが、今のミカレには更に辛くて。

サタと、姿も声も、優しさも同じなのに。


「……俺を見る目が、初めて合う人に向ける目の、それなんだ」

「あ、えっと、何か悪いところでもありますか? ……だ、大丈夫、ですか?」


ミカレ本人にすら聞こえないような悪罵は当然サタには聞こえない。そして膝をついて崩れてしまうミカレに対して、サタはまたしても大丈夫かと声をかけてくれる。そんなところにもミカレは、


――『サタと呼んでいいのか?』


それは、唐突にミカレの脳裏に浮かんだ言葉だった。

悲痛な心の叫びを無視して、ミカレは目の前の彼女の心情を考える。

記憶がなくて、きっと頼れる人もいなくて。

それで見つけた人間が変な態度をとって無駄な心配をかけてしまっている、そんな状況なのだ。


「……もう、一回」

「え?」

「もう一回、君の名前を……教えてくれ」

「あ、わ、わたしは、イベリスと言います」


敬語の付いた自己紹介を聞いて、サタと同じ声同じ容姿のこの少女は、しかし別の存在なのだと、ミカレは強く感じた。――感じて、しまった。


「イベリス……か。――うん、いい名前だと思うよ!」


立ち上がり、膝についた土を払って、顔を上げれば見える表情は笑顔そのものだ。

だが、横から見ていたアバンは知っている。

泣きそうな顔を俯いている間に必死に押し殺し、隠して、上げた顔の表情は表面だけの偽りだと。

――その実、ミカレの心情は如何様か。


そして


「……あ、いた」


――運命はミカレの心情など考慮しない。


サタ――イベリスの背後から現れたのは、金髪で、少し背の小さい少女だった。140cm程だろうか。


「イベリス、外出ちゃ駄目だよ」

「あ、ごめん」

「……別に。――それで、この人たちは?」


アバンは、何か、甘い匂いが漂うことに気がついた。――それに妙である。2人は先刻から大声で騒いでいるのに、他の天使達が起きてこない。

テントの中から、起きてくる様子がないのだ。

そう、アバンが考えた瞬間――目の前でミカレが倒れた。

その直後にアバンにも襲ってくるのは、『眠気』であった。

――甘い、匂いが、その原いんであるとあばんはよそうして、それで、それで、それから、それから、それから、だから、だから、だから――


――――――――――ぁ。


          2

 

目の前に倒れ伏した2人の少年を、フィムは無表情で見下ろしていた。そして、なんの躊躇も無くその右手で体を貫こうと――、


「……ッ、待って!」

「――ッ」


その手は、イベリスに掴まれて止められていた。


「あ、あの……この子たち、殺さないであげて……」


たどたどしく懇願するイベリスを見て、見据えて、見つめて。

数秒の間ずっとイベリスを見つめていたフィムは、やがて――、


「……わかった。今は殺さない」


と、そう言ってイベリスをつれて姿を消した。

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