17話目

「隊長に策がない……?」


焚かれる火で、ミカレの胴体が少し揺らいでいる。

今は夜。交代制で天使たちは就寝しており、今小さい焚き木を挟んで座っているのはアバンとミカレの2人のみだ。

そして何も話すことなく警戒していた矢先飛び出た発言が、先刻のものである。


「あぁ。だって、もう何日も探してるのに、あの人は俺たちに周辺の画像を送らせることしかさせてないじゃないか」


アバンも、無言で通信機器のスイッチを静かにきる。


「……そんなことないでしょ」


天使たちは皆義一を尊敬している。本当に無表情だが、こちらを慮るような雰囲気が会話から滲み出ているからだ。

そして尊敬しているからこそ、天使たちは義一に何か策があると信じて動いているのだ。


「そんなことない……? 今日だってただ画像を送っただけだ。こんなので何がわかるんだよ」

「ミカレ、ちょっと落ち着いてよ。サタが心配なのは皆同じなんだか――」

「……お前らが思ってる数倍! 俺は早くサタを助けたいんだ!」


ミカレが発言の勢いと共に立ち上がる。

――目の前の焚き木が、揺らめいて数秒小さくなった。


「そんなこと言ったって、隊長を信じるしかないじゃん……」

「……ッ! アバン、お前はサタを助けたくないのかよ!?」

「助けたいよ!」


――ヒートアップしていく。どちらもサタを助けたいがために。


「さっきも言った通り、隊長は何もしてくれない!」

「隊長だってきっと何かしてる!」

「じゃあまだ見つかってないのはどう言い訳するんだよ……ッ!」


冷静な会話をできない2人は、最早意味の通る文章での言い合いすらできていない。


ミカレも、ヒートアップの勢いで思ってもないことをいっている意識もある。

アバンも、義一を信用しているがやはりミカレの言う通り少し疑問に思うところもある。


だが、今や言い合いの構図ができあがってしまった。この2人だけでは止まることはできないのだ。


「隊長は尊敬してる! でもそれとこれは別だろ!?」

「尊敬してるなら信じるべきじゃないの!」


夜、周りで天使たちが寝ていることを考慮せず、警戒もせず言い合いは止まらない。

――当事者同士では止まれないのだ。

そして、勢いで止まることを知らない論争は、遂に相手を攻撃し始める。


「お前……見つけられない隊長を信じてるとか……」


――当事者同士では、止まれない。

ミカレが、言ってはならない言葉をただ相手を言い負かすためだけに口から発してしまう。


「ほんとは……サタ助けたくないんじゃねえの……?」

「――ッ!!」


――心外だった。理解できなかった。サタを、助けたくない筈ないのに。

言葉にならない怒声が出る。それを受けて、ミカレもまた。そうやって、そうやって――、


          1


――随分と、世界は綺麗だなと、そう思った。


無表情に、しかし頼れば教えてくれる少女を見て。

暖簾の外に広がる、一面の花畑を見て。

この世界を認識して、まだ4日ほどしか経っていないが、それがイベリスの世界への感想だった。


「ご飯とってくるね」


夜。フィムはいつもそう言って花畑のその向こうへ行ってしまう。始めは付いていこうとしたが、花畑の外は危ないと言われてしまい、その真面目な雰囲気からイベリスはそれ以来一緒に行こうとは言い出さなかった。


「……でも、外は気になるのよね」


花はいつでも開いている。おかげで、いつでも花が綺麗に見えるのだ。

フィムによれば、その花から漂う匂いが生物に無意識にここを避けるように動かすらしい。

だからこそ、ここにいれば安全だとフィムは言っていた。


「花が閉じないのは、閉じたら匂いを出せないから?」


暖簾を潜って、外に出る。

1歩、また1歩と足を運び出す。

花は、ここから見える、先100m程まで咲いている。つまり、そこから外は危険なのだ。

――イベリスの手の周りに、小さい稲妻が迸る。

そしてその時に出現するのは頭上の輪っかと背中の羽根である。


「……まだ扱えないけど、それでも教えてもらったから」


――フィムは、イベリスの知らないことを多く知っている。この世界のことだったり、この魔法のことだったり、昔はここに『人間』という奴らが住んでいたということだったり。


『――人間は、悪い奴らなんだ。私は、人間を殺すつもり。……この頃人間はここを取り戻そうと私達に似た、天使たちを送ってきてるんだ』


――その天使たちも、フィムは殺すつもりなのだろうか。


「……あの子に限ってそんなこと」


花の咲いていない範囲には行かず、咲いている範囲内で散歩をする。

――すると、


「……っただろ」

「……そこ……でしょ……」


遠くから、微かに声が聞こえたことを、イベリスの耳朶は逃さなかった。

――フィム以外にも人がいるのだろうか。

――イベリスの知らないことをいっぱい知っている、優しい子が他にもいるのか。

ゆったりと歩いていた足はやがて回転の速度を上げて、速歩き、果てには全力疾走と変化する。

走って、走って、走って――、


「隊長は信用できないんだよ!!」

「ミカレは隊長の優しさをわかってない!!」


花の咲いている範囲外ぎりぎり。そこで、2人の少年が言い合いをしているのを、イベリスはみつけた。

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