第3話
「……どこからでもおいで」
少ししわがれた、老年の声が響く。
老年だが、佇む姿には確かに『強さ』が染み付いていた。歴年の、戦闘スタイルが。
――アバンと宗一郎の距離、約5m。
「……行きます」
そう呟くと同時にアバンは地を蹴る。
右に左に交互に動き、どこから来るか予想をさせないように近づく。そして警戒している目線が逆なのを確認し、一気に直線で宗一郎との距離を縮める。
懐に入り、腕を取って無力化を――、
「……ぇ?」
次の瞬間、世界が逆転していたのはアバンの方だった。
「交互に動くのがフェイントだとわかりやすい。……直線で詰めてくるのも、おすすめしない」
白髪を少しも揺らさず、片手でアバンを捻じ伏せて、立ち上がったアバンに助言をする。
地に伏せられるのも、もうとうに10は超えている。数えられないほどだ。
「そろそろ探索だ。部屋に戻って用意をしておいで」
「あ、はい……」
何もできずに負けてしまった。どうすれば勝てるのだろうか。どう距離を詰めればよいのか、なんのフェイントを入れればよいのか、
どうすれば、どうすれば――、
「随分悩んでるじゃん。身長伸びないのがそんな気になんの?」
「――お前とそんな変わんないだろ! カイザン!」
今アバンを煽ってきたのは、同室のルームメイト、カイザンである。
レモンイエローの髪にエメラルドグリーンの目。
何を思ったのか、前髪で左目を隠す髪型をしている。
「今から探索だろ? そんなちっちゃい身長でなんか見つけられるのか?」
「お前……魔法使うぞ……?」
「やってみろよ、不安定な癖に」
こんな奴がルームメイトで、いつもこんな会話を繰り返している。――非常に不毛である。
リヴァやミカレはこんなこと言ってこないのに。
「もういい、行ってくる」
「どーせ僕と一緒に出口まで行くんだぞ?」
「うるっさいなぁ……」
カイザンが用意を終わらせるより前に、アバンは速攻で用意を済ませる。
「じゃあな!」
「カリカリしてんなよなぁ」
――誰のせいだと思っているのか。
「ほい、行くぞ」
いつの間にか用意を終わらせたカイザンがアバンの隣に並び、部屋のドアを開ける。
班は違えど、探索船の出口までは一緒なのだ。
互いに言い合っていると、出入り口付近でアバンはリヴァを見かけた。どうやら向こうもアバンを丁度見かけたタイミングらしく、笑顔で声をかけてきた。
「ルームメイトだけあって、お前らは仲が良いなあ」
「「どこがだよ!」」
お昼時に、揃った声が探索船内に響いた。
1
天使達は全員白いTシャツにハーフパンツ、それにコンフォートサンダルのみの支給なので、衣装による違いがない。
見栄えがないと言うのだろうか。まあ、その見栄えを等の天使達は気にしないので問題はないのだが。
「僕が守るから、アバン。あの『ケガレ』倒しておいで」
アバンは無言で頷く。アバンもまたリヴァと同じように仲間たちを守りたいという気持ちをもっているのだ。
「『グラビティ』」
アバンは小さく呟いた。
天使が近くにいないことを確認し、アバンはよく見る犬型の『ケガレ』を重力で押しつぶす。
重力がケガレのいる場所だけ重くなり、空間がひしゃげて見える。やがて必死に自身にのしかかる『重さ』に抵抗していたケガレが動かなくなった。
「リヴァ! できたよ! 魔法安定して発動できた!」
満面の笑みを浮かべて、いざというときのために後ろに待機していたリヴァに対して振り返って嬉しそうにケガレを祓った報告をした――刹那、アバンのすぐ背後で何かが壁に体当たりをする音が響き渡った。
「アバン、気を抜くなよ」
アバンの左側から声が聞こえる。声の主はミカレである。見れば、ミカレは右手をかざして既に『魔法』を発動している。
手の先を追ってみればそれはアバンの背後に向かってゆき、そしてそこには半透明のシールドが張ってあった。
そのシールドに阻まれて――ケガレの牙はアバンには届かない。
「あ、りがとう……ミカレ」
「守るって言ったしなぁ。まあ、油断するなよ」
アバンを心配する様子で声を出すミカレは、それと並行でシールドでケガレを囲い、そのまま1枚のシールドで押しつぶす。しっかりとケガレを祓っていた。
「安定して魔法が発動できたんだ。上出来だよ」
リヴァが笑いながら言い、アバンの頭を撫でる。
――今日は探索3日目。今のところ特に問題という問題はなく、天使達は安定してケガレを祓えていた。
そしてその日、アバン達の班が最初に実感するのだ。
――この世界がケガレにまみれ、更に今いるケガレはこれまでの時間を生き残っていた個体であると。
■■■
『清浄の天使』
ケガレを祓うために作られた、人形の生物兵器。
天使たちは『魔法』を使うことができ、それがケガレに対しての有効打となる。
普通の少年、少女の姿をしているが、魔法を使用する時に頭上に輪っかと、背中から天使の羽のようなものが生える。
色々は顔立ち、髪色目の色があるが、どの天使も白いTシャツにハーフパンツ、そしてコンフォートサンダルしか支給されないため、代わり映えしない。
生物兵器とあるが、天使1人1人には自我も感情もある。
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