第2話

 

 今日は友だちの誰とも予定が合わず、俺は1人で昆虫の専門誌を読んで時間を過ごしていた。昔から気になった専門誌は集めたり買ったりしている。

 ピアノが弾けなくなる前、俺はピアノの練習が終わるとその後の時間は図鑑を読んで過ごしていた。読むだけなら手をあまり使わず、負担がないからだ。

 手の疲れを休ませるために図鑑を読み始めたが、読んでいるうちに自分の知らなかったことが分かり、新しい知識が増えていく感覚が俺を夢中にさせていた。

 練習に厳しい母親だが、欲しい図鑑は買ってくれた。図鑑の中では昆虫図鑑が好きで、昆虫の本はすべてそろえて読むほどだった。

 ページを眺めながら昆虫の名前、学名、分布、特徴など順番に読んでいく。よく見かける昆虫や見かけない昆虫も多い。いそうでいないのがカブトムシだ。お店とかで飼育用のカブトムシは見たことがあるが、実際に木に止まっている野生のカブトムシは見たことがなかった。

 カブトムシはクヌギの木に多いと聞く。家の近くに森があるが、そこは杉が多い。花粉が春に近づくに連れ、飛んでいるのであまり近づくことはなかったが、もしかしたらそのどこかにクヌギの木があるのかもしれない。

 基本的にカブトムシは夜に多いが、今日は時間があるからクヌギの木だけでも探そう――専門誌をしまうと、俺は外に出るため、上着をはおり体を冷やさないように暖かい格好をする。

 念の為、虫あみと虫かごを持ち、階下に降りると、お母さんに一言掛け――出かけることを伝えると外に出た。

 森に着くとあたりを見回す。やはり、この辺りは杉が多い。

 整備されていない小道を気をつけながら奥へと進んでいく。今は冬なので、カブトムシはいない。カブトムシやセミの幼虫が土の中で冬越しすると言われている。カブトムシは冬を越す中で幼虫から成虫になるに連れて大きく姿を変える。冬眠中に刺激を与えるのはよくないが、幼虫でももしいたら見てみたい――という欲求には耐えられず、特にカブトムシは幼虫の姿で朽ちた木の下や落ち葉の積み上がった腐葉土の中にいるというのを思い出しながら朽ちた木の中を慎重に見て回った。

 結構な数の木を見たはずだが、幼虫らしき姿は確認できなかった。しゃがむ姿勢で動き回っていたせいか、腰が痛い。休憩がてら落ち葉の上で腰をおろすことにした。

 森の中は寒い。動いていれば温かいが、じっとしていると体が冷え込む。木々がうごめく音を聞きながら、空を見上げていると、俺の視界を何かが通った。それを目で追いかけ確認する。

 それは――蝶だった。頭の中で今まで何度も読んできた専門誌や図鑑の中で該当しそうな蝶を探す。幼少期にみた記憶は意外と覚えている。昆虫には自身がある方だった。なので大抵のものは見ればすぐに分かるが――その蝶と該当するものはなかった。

 図鑑や専門誌に載っていない珍しい蝶、もしかしたら新種かもしれない。もっと確かめたい――俺の中でどんどん気持ちが高ぶっていった。

 その蝶を観察するため、向かった先へと急ぐ。道は一本だけなので道から外れたところへ行ってしまうと追いかけることができない。先回りすることも考えながら夢中になって追いかけていた。だが、蝶は急に目の前から消え、まるでまぼろしかのようにどこかに行ってしまった。

 ――そして俺は気づいたら森を抜けた開けた場所に出ていた。そこはうっすらと白いものがのこっていて、円のような形状をしていた。学校とかでよく見る――グラウンドのようなものだ。

 目の前にはボロボロの、いや古びたというべきか。横長のおおきな木造の建物が立ってた。確か誰かが言っていた。この町のどこかに廃校舎があると。そこはもともと中学校だったが、今は使われていないみたいだ。だが、そこはいわくつきなのか昔から気味がられていた。今目の前に立っている建物を見ても、変な雰囲気は感じる。変な噂話は聞かないので問題ないと思うが――。


「ん?待てよ……」


 俺は気のせいだと思いたいが、よく耳を澄ます。かすかに何かが聴こえる。なんだ? 勝手に中に入らなければ大丈夫だろうと、俺は校舎の方に足を進めた。近づくに連れその音は少しずつ大きくなる。その音は誰もが知っている楽器の音だった。

 それは学校の七不思議の一つによく挙げられる楽器であり、俺の過去をえぐるもの。

 そう、誰もいないはずの校舎からピアノの音が聞こえているのだった。本来なら逃げ出しているところのはずだが、なぜか俺の足はそこで立ち止まっていた。

 俺はこの曲をよく知っている。ピアノから遠ざかったが、曲を忘れたことはなかった。その曲は十年前、俺がコンクールの予選会で弾いた曲だった。

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