第6話 「あ、発売日じゃん!」
「シュン~」
放課後。
教室で学級日誌を書いていると、訪ねてくるものなんありけり。
名をばハルカという。
我が知己の学友なり。
「どうしたの?」
「あのさー「ないよ!」
ハルカが訪ねてくるときは二つに一つ。
一つはヒマで一緒に帰ろうと誘ってくるとき。
もう一つは、毎月第三月曜日。
今日は第三月曜日だから、当然後者が理由のはずだ。
じゃあ、第三月曜日とはなんの日なのか?
ハルカが愛読している月刊マンデーの発売日なのだった。
月刊誌なのに、マンデーって何?
僕はそう思うのだが、意外と根強く人気らしく、かれこれ創刊数十年になるらしい。
時々話題になる作品も生まれているみたいだ。ただ、ニッチなテーマを扱う作品が多いから読者には変人が多いらしい。
広義ではハルカも変人だろうから、人のうわさも案外当たるものだと思った。
「ええー⁉ 一緒にマンデー買いに行こうよ!」
ハルカが落胆のボイスをアップする。
しかし、今日の僕には、ある種、無敵の理由があるのだった。
「ついて言ってもいいよ? でも、100円しか持ってないよ」
「ええー‼ 貧乏すぎる~!!」
〇
学生の懐事情というのはシビアだ。
ならバイトでもしろ、とおっしゃられる勤勉な皆さまもおられるだろうが、我が丸々高校はバイトが原則禁止。
決して勤労意欲に乏しいわけではないことをここに述べておく。
「もー、シュウは仕方ないなぁ」
「へへへ、ありがとうごぜぇやす」
書店で月刊マンデーを無事に入手した後、僕たちは併設されているカフェに入った。
ハルカは買ったらすぐに読みたいみたいで、月刊マンデーを買った後は、絶対にカフェに立ち寄って、その場で読み始める。
僕はお金が無いから帰ろうとしたが、ハルカがドリンクチケットを持っていたみたいで、一杯おごってもらった。
毎月こんなことをしていると、お金がもったいないと思う。
でも、聞いてみると漫画はハルカの唯一の趣味らしく、これ以外には新刊を買うぐらいしかお金を使わないらしい。
それなら一人で行けばいいのにと思う。
ただ、それは違うようで、女子高生の複雑怪奇な胸の内なのだった。
「ぐふ……ぐふふ」
「女の子がしていい笑い方じゃないよ」
目の前でハルカは食い入るように読んでいる。世界一分厚いカツサンドぐらいの厚みがある雑誌を小さな手で押さえつけて、その横には洒落なフラペチーノがある。
おしゃれと野暮が同居していて、アンマッチの妙が極まっていた。
ハルカにドリンクを貰ったはいいが、それはそれとして、僕はすることがない。
対面で分厚い漫画を逆さ読みするか、読んでいるハルカを観察するかの二択だった。
しかし、ハルカの様子の方が気になってきて――
〇
「キターーーーーー!!」
(相手が殴られたシーンでそんな盛り上がるのか……?)
「うぐっ……ぐすっ……」
(日常系の漫画で泣けるの?)
「ゆ、許せない!」
(それってギャグ漫画だよね⁉)
〇
「よし、いけー!」
「ちょっと待ったー!」
「もー! せっかくいい所なのに! 止めないでよー!」
ハルカは水を差されて怒っている。
ほほを膨らませているが怖さはない。むしろハムスターのような小動物らしさがあってかわいいまである。
「それは申し訳ないけど」
「じゃあ、もう静かにしてね!」
「そういうわけにもいかないって。ハルカさ、どういう風に漫画読んでるの?」
「普通だよー。最初のページから最後のページに向かって読む!」
「……なるほど」
聞く限りは普通の読み方だ。でも、明らかに話の内容と、リアクションがあっていない。
となると、間違えているのは僕?
否、ありえない。
平均的で標準的で、一般的で平凡な僕が、普通の娯楽の楽しみ方を間違えていたなんてありえない。
もう少しハルカの主張を聞いてみる。
「じゃあ最初は、何読んでたの?」
「史上最強の格闘家が戦う話!」
「なんで殴り合うシーンで盛り上がってたの?」
「え? だって自分の皮膚で相手の拳捉えて、飲み込むんだよ? すごいでしょ!」
「……?」
相手の拳を弾き返す?
喧嘩だよな?
食人鬼の物語じゃないんだよな?
「じゃあ次は? 何読んでた?」
「史上最強の格闘家がシェアハウスをする話!」
「また格闘家」
「格闘家のルームメイトのね、アームレスリングファイターがね、比翼の鳥を助けてあげたの! ほんと感動~」
「……ルームメイトのアームレスリングファイター?」
また格闘家の話。しかも日常系。
でもまあ? 題材は目新しいから、それが受けたのかもしれない。
でもなぜ微妙な設定ばっかり……。
「それで次は?」
「史上最強の格闘家がーー」
「――まてまてまてーー!! どうして史上最強の格闘家しか出てこないの? 格闘家ブームなの? 空前の格闘家ブームなの? なんなの⁉」
「あーシュウは知らないのかー。この雑誌はもともと週刊ウェンズデーで連載していた、坂垣先生が一人で書いてる雑誌なんだよ」
「……一人で⁉」
「でもね、実は坂垣先生は何人もいるとか」
「……複数人⁉」
「実は、銀色で2頭身の宇宙人なんじゃないかーとか」
「……コミック・グレイ⁉」
「いやいや実は存在しないんじゃないかとか」
「……シュレーディンガーの漫画家。ってもういいよ! 僕が聞きたいのはそういことじゃなくて!」
「あ! わかった」
「本当にわかったの……?」
「うん! 坂垣先生の娘さんの連載の方でしょ!」
「ちがーう!! その人が誰なのかはちょっとよく知らないよ! その人の娘さんが何してるんのなんか知らないよ! 聞きたいのは、どうしてハルカがこの漫画読んでるかってことだよ!」
「あ、そゆこと」
ハルカは人差し指を唇につけ考える仕草。
そしてすぐに帰ってきた答えは。
「面白いから! わたし、幼稚園の頃から坂垣先生のマンガ読んでるんだー」
どうしよう。
ハルカって思ったより変な子なのかもしれない。
そして、これ以上は踏み入らないのが吉だと思った。
もう何も言わないでおこう。
話が変だろうが、ハルカのリアクションがおかしかろうが、どうでもいい。いや、どうしようもない。
ハルカが幼稚園から楽しんでいる趣味を、誰が侵すことができるだろうか。いや、誰にもできない。
僕はコーヒーを飲みながら、ハルカを眺めることにした。
もう漫画は読まない。
ハルカの真っ青な瞳が上下左右へきょろきょろしているのを眺めるだけで、十分時間が潰せた。
青い瞳が海のように見えてきて、その中で泳いだらどれだけ気持ちいいだろうと思った。
汗をかいたコーヒーの、水のしずくが、ひんやりと。
夏の日の、ふっとしたひと時だった。
こんなにさわやかなんだから、ハルカの漫画の好みが少しぐらい変でも、別にどうでもよくなった。
この世の誰だって、みんな変なのだから。
多分。
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