第4話 「メシ行きてぇな」
「おい元木、メシ行こうぜ」
「こ、この年下内気系美少女ボイスは⁉」
「誰が年下おどおど文化部ドジっ子美少女だ、こらぁ」
「なんか増えてない?」
放課後。
肩にちっちゃな手の感覚。
そしてかわいいを通り過ぎて、もはや天使のような声。
透き通ること富士山水のようで、耳の中にこもっている雑多なすべての音を掻き出してくれるようなキュアーボイス。
その声の主は
女子のみんなからはゆいゆいと呼ばれている。
わざと不良っぽい言葉使いをしているけど、本人はいじられキャラ。なら僕もイジろうと、一度「ゆいゆい~」と呼んだら割と本気で怒られたので、ただユイと呼んでいる。
人の嫌がることはしないのがいい。
ユイは長いジャンパースカートのポッケに片手を突っ込んでいて、空いた方の手で、くちゃくちゃの通学バッグを担いでいた。仕草まで不良ぶっていたけど、ユイの小柄さも相まって、バックが重いのかなと思ってしまう。
「んなことどうでもいいだろ。メシ行こうぜ、メシ」
「メシじゃなくて、ごはんでしょ」
「あ”ぁ”⁉」
「凄まないでよ」
「じゃあ黙ってついて来い!」
「それはいいんだけど……」
「あ”? まだなんかあんのかよ」
「いま、580円しか持ってないんだけど」
「そんだけありゃ十分だよ」
「ちなみに聞いておきたいんだけど、どこに食べにいくの?」
「いつものラーメン屋だよ。替え玉しても足りんだろ。わかったら、さっさと行くぞ」
「……いや、やっぱいけない。僕、ラーメン屋いけないよ!」
「……なんでだよ、用事でもあんのか」
「……だって」
「ウザいからさっさと言えって!」
「ラーメンには餃子をつけたいから!」
「ああ!! もう! アタシが二人前頼むから黙ってついてこい!!」
「はい! 姉御!」
皆様、これが交渉術です。
ネゴシエーター元木、ミッションコンプリート。
ただいまよりランデブーポイント、ラーメン屋へと向かいます。
〇
「姉御! 餃子うまいっす!」
「そりゃよかったな」
「姉御も餃子食べてくださいよ」
「アタシは少し冷ましてから食う派なんだよ」
「そんなこと言わずに! 焼きたてがうまいですよ!」
そうやってユイの口元に餃子を運ぶ。
しかし、ユイは全然受け入れず、小さな口で何度もふうふうしてからやっと口にした。
それでも熱かったみたいでしばらく「あっふ」とか「ほっ」とか言いながら口の中の餃子を冷ましていた。
「……………うまいな」
「でしょ! ささ、も、一つ」
「お前マジでブチ殺すぞ。あとその舎弟っぽいのやめろ」
ユイが細い眉を吊り上げて凄んできたので、舎弟のロールプレイはここまでにしてラーメンに集中することにした。
ラーメン屋には種類があると思う。
味もそうだけど、何より客層だ。
どんな人が来ているかでラーメン屋は、ラーメンの味以上に明確に分類されていると言っても過言ではないと思う。
通が通うラーメン屋は毎日長蛇の列ができやがて有名になり、学生が並ぶラーメン屋は長蛇の列は無いが、いつでも誰かがいる町のラーメン屋となるのだ。
その分類に従うと、ここは後者のラーメン屋だった。
いつでも学生服か作業服かスーツの姿が、ここにはある。
そこにちんまりした少女がいるのは場違い感があったが、当の本人はこの店に10年以上通っているらしい。
常連よりも常連だったのは、この少女だった。
「ユイちゃん! 久々だねえ」
「親父もくたばってなくてうれしいぜ」
ユイが親父と言ったのはラーメン屋の店主。
二人は常連客と親しい店主が放つ、特有の他者が入りにくい雰囲気を作り上げ、その閉鎖空間のなかで楽しそうに話始めた。
僕は軽々しく疎外された。
「いやぁ、久々にユイちゃんとあえて、オレはうれしいよ。最近は孫ともあえてないしなぁ」
「姉さんのガキと比べんなよ。あんなに愛嬌ないだろ」
「いやぁ確かに孫はかわいいけど、ユイちゃんも十分かわいいよ」
「はぁ? やっぱだめだな。親父も耄碌しちまったか」
「がはは、相変わらず厳しいねぇ」
な、なんだこの寅さんとかオールウェイズ三丁目の夕日のような、こてこての下町感は⁉
気づかないうちに僕はタイムスリップしていたのか?
そんな疑念がわいてくるほど、現代的ではない、ステレオタイプ的会話を繰り返す二人をよそに、僕はラーメンを食べていた。
しかし、人情味溢れる二人の会話の渦からは逃れるすべはなく、僕も会話への参加を余儀なくされた。
「兄ちゃんはあれかい、ユイちゃんのカレシかい?」
ニコニコとした店主が僕に問いかける。
柔和で細い目が、どういった感情をもって、僕に聞いているのかは教えてくれなかった。
「いや、ただの友人で」
「おいおいー、ユイちゃんがいっつも一匹オオカミ気取りなのは知ってるだろ? なのに、兄ちゃんはだけはいつも連れてくるんだから、その気持ちを理解した方がいいんじゃねぇのか」
「おい親父! なに余計なことくっちゃべってんだよ‼」
「そんなにムキになるのもかわいいねぇ」
「ちっ! こんなくそ店主の店に来たのが間違いだったぜ」
「そりゃ結構なお言葉だねぇ」
僕が一言答えただけなのに、二人はどんどんと言葉を紡いでいく。
もし言葉にエネルギーが必要だったら、この辺りでエネルギーは不足しているに違いない。そのぐらい垂れ流しだった。
「で? 兄ちゃん。本当はどういう関係なんだ?」
「いや、本当になにもないですよ」
「ふぅん。それなら兄ちゃんは、ユイちゃんをどう思ってる? かわいいだろ。ちんまくて、おせっかいで、言葉は悪ぶってるけどいい子だろ?」
「えぇ、それは本当に思ってます」
「そうだろう、そうだろう」
僕の言葉に店主は満足したらしい。僕がユイを肯定したのが、店主の自尊心まで満たしたようだった。
「……そんなんじゃねぇよ」
一方のユイは、もうあきらめたのかうつむいてラーメンを恐る恐る食べていた。もう熱くないとは思ったが、ユイにはまだ熱いのだろうか。
「そんな仲良しの二人に、プレゼントだ!」
「……?」
そういって店主はカウンター越しに小籠包を渡してくる。いつの間にか空になった餃子皿と交換するように、小籠包をユイと僕との間に置いた。
「貰っていいんですか」
「構うもんか! ユイちゃんにまた来てもらわないといけないからな。先行投資ってやつよ」
「じゃあ、食べます!」
「おう」
店主は人情味に溢れすぎているところはあるが、やっぱり悪い人ではないと思った。
すると、ユイが久しぶりに声を発した。
「おい、元木」
「ん――あっつ!!」
僕が振り向くと、ユイが小籠包を僕のそばに持ってきていて、小籠包はピトっと僕のほほに触れた。
ほやほやの小籠包が僕の肌に熱を伝えて、僕は飛び跳ねた。
「あははは!! ばーーか!!」
「お、どうしたどうした! 痴話げんかか?」
ばーかというユイは一番ユイらしく、かわいかった。
ほほが熱い。
その熱はすべて小籠包が理由だ。
決して、目の前で爛漫に笑うユイは関係ない。絶対違う。
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