序章 特異個体《ネームド》

第6話 とある朝

 シュテルン王国の王城。伝統あるルネサンス様式の外見とは裏腹に、内装はエスカレーターやスライドドアをはじめとして自動化が施されており、生体識別技術バイオメトリクスを利用した防犯用の設備まで取り入れられている。二重らせん構造の階段は芸術的な美しさはもとより、人の流れを妨げない。


 そんな王城内の最奥にある国王との【謁見の間】に訪れる者が一人。


燃え盛る炎と見間違うような熱の魔力を宿した山吹色の髪と極東の地で着るような中華チャーナ服から覗かせる柔らかな乳白色の肌。鬼のように尖った角を生やした白色の仮面から見える瞳は透き通るような蒼穹の色で、人の心を覗くように深い。

 体格は男とも女ともとれるが、高い声ながら凛々しさ宿した風格と体格に似合わないがその人物を男であると認識させる。 


「九英傑第九席【雷滅ヤールング】、ノルン・オーディン・ラインハルト様が参上致しました」


 扉前の案内役からその男――おそらくは少年である、が国王に向けて名を告げられる。


 彼は国王の正面まで赴き、恭しく片膝をついて頭を垂れる。


「面を上げよ。よく来てくれたな、ノルン卿。先の防衛戦から間もない内に呼び出して申し訳ない」

「とんでも御座いません。末席とはいえ、私も【九英傑】――この国の英雄として席を置く身。テオドール・ユピテル・オウス・シュテルン国王陛下の命とあれば、如何なる時であろうと参上致します」


 しっかりと、一片の揺るぎなく答える物言いに、王も満足したように頷く。


「そう言ってくれると私も助かる。さて、時間もそう多くない。今回、そなたを呼びつけたのはある任務を任せたいからだ。それと、同盟国であるデリス帝国と共同任務になる。その為の書類を渡すから、まず目を通せ」


 彼の右側に立つ侍従から「機密」と書かれた書類を渡され、流し読みをしていく。そして、一つの事柄に目をつけた。


「この写真にある物は、魔核コアですね?」

「そうだ。しかもただの魔核コアではない。密偵の情報では伝説の幻獣【始祖龍エネルゲイア】の魔核という話だ」

「――あのの魔核ですか。例え幻獣級レプリカでも国宝級の魔力触媒ですよ?そんな物が何故突然…………」

「既に諜報員を何人か忍び込ませてはいるが、帝国から送られた資料以上の事は分からん。――アナトリア学院の秘密金庫にあるようだが、帝国の国庫ではなく、半独立化したあの学園都市へ移送した理由も分からず終いだ。そこで、あちら帝国はそれを知りたいようだな」


 アナトリア学院とは帝国内でも最大規模の育成機関の事だ。

 学院内の法律はかの皇弟殿下が理事長を務め「公平公正」の理念を貫く為に帝国の法律を基準としつつも学院内における全ての事柄は身分によってではなく、教員、生徒、労働者それぞれの立場によって定められる。つまり、貴族であろうと罪を犯せば問答無用で処罰される。半ば独立した統治下にある学院と都市とも見間違う規模の敷地内を指して「学園都市」と呼ばれているのだ。

 腕を組み、考える様子を見せる王の姿に、ノルンはここ最近の謀の中でも面倒な案件と判断した。


 成程。ため息もつきたくもなる。


「それで都市内の調査という訳ですか」

「まあ、その通りだ。帝国からの要求はその魔核の使用目的が知りたいそうだ。物に関しては安全に保管されていれば良いと聞いている。それに関わる器材、人員、用途は両国の利益に反しない限り関与しないとも言っているがな。

 ――きな臭い話だが、まあいつもの事だ。最悪、回収も視野に入れておけ」

「了解しました」

「そこを踏まえてそなたの任務は書類にある通りこの魔核の捜索、及びその使用目的と真意を暴く事だ。必要があれば安全の確保の為に目標の回収せよ。その場合、その案件に関わる人員、器材、施設の処分も同時に行え」

「処分の方法は私の裁量で行っても?」

「問題ない」

「こちらの人数は?」

「実働部隊はノルン卿のみだ。定時連絡には貴公の師である【導師】ハヴァマール卿が担当する事になるが、人手は無いのでな。現地協力者と連携して事に当たれ。

 協力者の方は事前に潜伏している諜報部隊と帝国の方で集めた信用出来る候補者を含め43名だ。名簿は先程の書類にあるから、その中から気の合う者と行動するとよかろう」 

 「成程。……この項目はですか」

「調査するにしてもそなたは良くも悪くもだ。その分ダミーを多くするに越した事はない」


 それと、と王の念押しに少し緊張の糸が張る。


「これは秘密裏に行う事が原則だ。もし候補者以外の人間に知られれば、厄介事になる前に処理しろ。方法は問わん。

 従ってノルン卿の扱う戦闘魔術は基本的に第五階梯までとし、【導師】ハヴァマール卿の許可する場合に限り制限解除を認めるものとする」

「それは、いくら私でも――」

「難しいと言うのであろう?幸い、今の帝国には不穏な動きは見られない。元々が期間を設けていない万一の際の保険という事だし、降って湧いた休暇と思って自分を見つめ直せ。……の為にもな」

「…………寛大な配慮、謹んで受けさせていただきます。それでは、準備の為もありますし、これで失礼します」


 重大な問題の割に不透明な任務に訝しむが、王命である以上ノルンはこの任務を完遂するべく、謁見の間を去った。


 「にしても、頭が痛いな……これは」


 ノルンは協力者の名簿の次に続く関係者の項目に目を通す。第一候補者――アルフォード・エーギル・オウス・アイオニオン・グレイセス。現皇帝子息第5子(三男)。帝位継承権第3位。騎士科七年生序列1位。学院登録名――アルフォード・エーギル・オウス・


 追記:要保護対象。本事項の重要参考人である可能性あり。


 ――――――


「…………ん………………んぅっ?」


 真っ白く塗られた未だ見慣れぬ天井が目に入り、ゆっくりと体を起こす。目を擦りながらアリカは壁に掛けてある時計な目を向ける。 

 午前五時五分。今日は編入してから一週間、初めての座学を一通りこなし、ズレ込んだ親善試合トライアルが行われる初めての合同授業が始まる月曜日。


「む、起こしたか?」

「くぁ……おはよ、師匠」


 アリカは欠伸あくびをしながら、胸につけてるペンダントから聞こてる声に気付いて、挨拶する。


 神器【グング】。


 師匠であるヘンリクス・トゥルネーが若かりし頃に偶然見つけた古代の魔導具で、魔力を溜め込む事で使用者と魔力を溜め込んだ者とパスを繋げる事ができる。それによってお互いが見た光景や出来事を共有したり、会話できる機能を持つ。


 当然だが、壊れたら替えはない。


「ん〜、はれ?もしかしてまた寝顔見てたの?」


 覚醒してきたアリカは咎めるような声を出す。今まで親代りでもあった為か、時折魔導具を通して様子を見たりしている。

 恥ずかしいという訳ではないが、気にするべきとは思う(主にリサに見られたら困る)ため、彼女は胸元の人物に注意を促している。


「寝顔、というよりも部屋の様子をだな……まあいい。それで、学院はどうだ。馴染めたか?」

「んー、まあ……一応?」

「馴染めておらんのだな」

「む…………」


 そう。アリカは馴染めていなかった。


 開口一番の問題発言。

 ヘリオロス・イーグルとの試合(というより教育)。

 食堂での騒動。

 その他今週に入るまでの6日間で喧嘩を返り討ち等など。


 彼女としては普段通り。しかし、それが普通ではない事を悲しいかな、当人は知る由もない。当然、問題しか無い事はアルセイフから教えられている。彼女の出来る事といえば、へリンクス――師匠ヘンリーに対してお茶を濁すくらいのものだ。

 まあそんな事はペンダントの彼も察したようだが。


 因みに、ペンダントを使用していない間の情報は互い合意が無い以上共有は出来ない。彼女の合意が無かったため、こうして確認しにきたのだろう。


 当たり前な話ではあるが、元々社交的とは言えない性格だ。加えて山中にある別邸で過ごしたため、山育ちのようなもので、他人と話す事自体年に20回もあるかどうか。

 そんな人間が1週間程度で馴染める筈もない。寧ろ、数日で友人と言える付き合いが数人いる事自体が奇跡に近い。


 ……また、後の話ではあるが。この日を境にイーグルとの付き合いも日に日に増えていくことになるのを、彼女は知る事になるのだった。


 それはともかくとして。


「先が思いやられるな」

「そういうけど、師匠やレオンの言う事は参考にならなかったし」

「まあ、われらの中では常識人のソフィアの奴も居なかったしな。仕方あるまい……」


 恨めしく呻く彼女を見て、苦笑したような声で嗜める師匠(そもそも機嫌を損ねさせたのも彼なのだが)が相槌をうつ。

 

「まあ、動く分には困らないし当面の間は今のままでいくよ。ソフィアから教えて貰っても、大して変わらなかった気もするしね」

「自慢気に言うな馬鹿者が。まあ、何かあれば。私の知恵で良ければ幾らでも貸そう」

「ありがと。あ、でも極力は自分でやるよ。私が決めた事だしね」


 それだけ話すと会話を終え、彼女は時計を見る。長く話したようで、その実長い針が十分を過ぎた所で止まっている。自分が朝飯を作る前の暇は充分にあった。


「さて、出掛けるかな」


 散策用に軽装の服装に着替えると、静かに扉を開けて寮の外に出る。近くの木陰から巡回している騎士達のルートを確認し、一蹴りで一直線に柵を跳躍。そして約三十分間の散策を開始する。先週は近くの住宅地区に絞ったので、今回は商業地区まで足を伸ばす。


 気配消しの魔術で存在をぼかしつつ、屋根から屋根へ、屋根から鐘楼へ。彼女はその区画の見晴らしの良い場所へ跳んでいく。


 学園都市の顔とも言えるこの区画の駅には門と同様厳格な検査がなされ、人垣の流れがちらほらと規則的に並んだ鋭角な建造物の列へと枝分かれする。


 整備された道。真新しい建物。端役に成り下がった自然たち。幾多の商店を内包する建物が乱立し、競い合うように住宅が並ぶ。


 先週散策した住宅街(貴族街ともいわれる)を通った印象と比べると、豪華とか新しい――といった感じより賑やかとか活気があると感じた。魔物という脅威から隔絶され、何より魔導具や文明の利器によって明かりや水が簡単に手に入り、生活にゆとりがある。門外漢である彼女からしてみても人々の生きる環境としてはこの上ない状態である事は見て取れる。


 もっともそれは普通の人であればの話で、慣れ親しんだ自然の中で生きてきた彼女としては際限なく無機質な建物が行儀よくならび、人と人が闊歩するこの世界はまるで別の国に迷い込んだ気分だ。


 まあ、実際別の国ではあるのだが。


 彼女の知る世界は狭いもので、別邸とその周囲にある自然たちだけ。とはいえ、文明的ではなかった訳では無い。時間はかかるが行こうと思えば町にだって行けるし、魔導具や道具等はむしろ分解したり、新たな発明品を作ったりする位だ。事実、見慣れない魔導具に彼女が考えたアイデアがあるのが分かると慣れ親しんだ友人に会えた気分にもなる。


 ただ、彼女が町というものに慣れてないのだ。


 そんな彼女が、いざ領地へ降りて、この町で過ごし、学校へ通い勉強まで受けてここにいる。雑多な人の声や忙しく鳴り響く様々な音。外敵の危険からは解放されてはいるが、今度は交通事故や法律等新たな危険が幾つもある。母様や師匠等といった教師役に恵まれていないならもっと苦労していたに違いない。


「――――はぁ………」 


 と、落胆の息がこぼれた。

 全く情けない。こちらに住んでからもう二週間も経つというのに、気が抜けるとすぐに故郷を思い出す。懐かしんでいる自分の未練がましさに肩を落とす。

 これでは実家を任せてきた家令達に示しがつかない、と彼女は気合いを入れ直して再び散策を始める。


 「特に異常なし、か」


 不穏な空気は感じるが、それに動きは感じられない。今日もスリや暴行犯を片付けて終わりそうだ。そんな空振る気持ちがまたも落胆の色に染まる。しかし、これからの事を考えれば、そう悪い気持ちばかりではない。


 何も代わり映えする事はないが、知らない事も多い勉強は彼女としては有意義な時間だ。息抜きでもある親善試合も始まる。

 すぐに解決しない事に落胆するだけ無駄というものだ。


 足早になる気持ちを落ち着かせて、通学準備をする為今日は切り上げて寮に戻る事にした。


 今日もまた、忙しい一日が始まる。

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