第5話 リサとアリカ

「そういえばヘリオロスとの決闘、あの時どうして力負けしなかったんだ?」


 昼食後の学生寮へ向かう途中、アルフォードは昼食前に行われた一戦について思っていた疑問を掘り返していた。

 因みに、経緯と流れについては二人にも説明している。


「確かに、普通なら男性の方が女性よりも圧倒的に膂力があります。近接戦闘の多い騎士科に女性が少ないのも、そこが大きな理由ですし。そこの所どうなんですかアリカさん?」

「んー、体質?」

「説明になっとらんわ」


 テオドールの率直な質問にぞんざいな答えを返すアリカ。それに思わずツッコむアルフォード。

 最早お家芸になりつつある。

 彼女は嘆息つきながら(無表情でつくとは器用なやつ)も、問題形式にして説明を始めた。


「男と女の差って何だと思う?」

「……そりゃ筋肉量じゃない普通は」


 少し考えて、テオドールが答える。


「――まあ、それも間違いじゃないけど」

「じゃあ、体格や魔力量とか?」

「いや多分、アリカが言いたいのは外見的な特徴やそれに準じた能力の話じゃないぞ」


 二人の答えに異を唱えるリサ。その反応に珍しく、というか初めて笑みを見せる。


「……うーん、重心のバランスとか、癖がつきやすいとか、そういう話? でもそれだけじゃ説明つかないよね」

 うーん、と唸るテオドールを見かねて呆れながらもその問題の答えであろうものを口に出す。

「おそらくの事じゃないか?」

「え?虚弱体質とか、代謝が高いとか、そういうやつの事?」

「もう少し視点を変えようぜ。普段何もしていなくても流れる恒常的な魔力があるのは知ってるな?」

「まあ、中学年ステージ2で習ったし……」

「その中に内力系と外力系魔力という物がある。内力系は身体機能を高め、外力系は魔術規模を決める。基本的に男はこの内力系が強く、女は外力系が強い。これが所謂女と男の力の差を表す能力に直結してくる」


 そこまでの説明して、アルフォードはある一つの結論を言葉にする。


「という事はだ。イーグルを吹き飛ばす時点でアリカは普通の女子と違う魔力性質を持っている事に他ならない。男と同じ魔力性質を持っていると考えるのが妥当だ。もし魔力性質が変わらないとしても、生徒10人分の魔力を持っている位膨大じゃないとおかしい。どの道単純に魔力通すだけで男を力でごり押せるゴリラ女――」

「ふん」

「――ゲフォッッ!?」


 鳩尾と心臓の隙間。

 そこに存在する肺を器用に強打してみせたアリカは、無表情で踞るようにしゃがみ込むアルフォードを眺めている。

 うわぁ……。と二人の背筋は凍るが、そもそも彼の発言が(正論は兎も角)失礼なので同情はしなかった。


「大体正解」

「……合って、るん……じゃね、ぇの、かよ……」

「それはそうだけど、ゴリラって侮辱されたし」

「冗、だ……んに、決まってるだ、ろ……」

「だとしても真面目に答えてる時にそれはないな」

「…………理不尽だ」


 アルフォードの冗談が過ぎたとも、アリカの真面目さがいき過ぎたとも取れる絶妙(もしくは微妙ともいう)なやり取りがあったものの、テオドールの咳払いで何とか話が戻された。


「それで、どうして”大体”なんだい?」

「魔力性質としては内力系と外力系が半々なの。だから遠近どっちが得意とかは無いの。貴方達の言う通り女の方が単純な力比べではやっぱり劣る。今の私でも魔力は普通の人より高いけど、アルセイフと同じ位。その魔力量だけじゃイーグルに拮抗するのが関の山。下手したらそのまま押し負けたかもしれない。これが”大体”といった理由」

「じゃあどうやって――」

「決まってるだろ。それこそ体質でその不足分をカバーしたんだろう」


 痛みから解放され、恨めしそうにアリカを見るアルフォード。その表情を見て、無表情なら顔を見せた。悪戯に成功した少女のように。


「今度こそ正解。私は元々筋繊維の密度と骨の密度が少しばかり高いの。大体平均的な大人の女性二人分位の力がある。そこらの男よりは強いよ私は」

「――成程、それは盲点だったな。そういえば、王梁国おわりのくにの兄様達や私も同じ体質だったのを忘れていたよ」

 

「あ、リサもそうなんだ。……意外とそういう体質多いのかな?」

「「そんな訳あるか」」


 アリカがしみじみと言う台詞にすかさずアルフォードとテオドールがツッコむ。

 特異体質というのは、珍しいからそう呼ばれるのであって、ここに二人揃っている方がおかしい。そもそもアリカがそう勘違いする程に多いなら、世界はもっと平和である。というか、兄様とやらがどれだけいるか知らないが、そんな体質を持った人が町にごろごろいるのだろうか。


 王梁国ヤマツという国は噂に違わぬ人外魔境らしい。


「――ここが学生寮?」

「ああ、ここが学園都市アルテリアの東南部――第一住宅区画にある学生寮だ」


 話してる所で住宅街の抜けた先に広がる柵の壁。柵越しに見える景色には見事な噴水広場と庭が広がり、その奥に学院の建物と遜色ない立派な帝国様式の建物が並び、上級貴族が住む屋敷にも見えてしまう。

 アルフォード達の目の前には大きな門に二人の軽装な鎧を武装した男が立っていた。


「通行証を拝見します」

「――これで良い?」

「少々お待ちを」


 入学時に貰った学生手帳をアリカは取り出す。門番が専用の鑑定装置に魔素エアルを通すと、その機械が翠色に発光し、数秒すると手帳の上に光の文字で「許可」と浮かび上がる。


「確認しました。どうぞお通り下さい」


 アルフォード達はこうして無事に学生寮に到着した。皆と別れた後やれやれ、と彼は一人嘆息した。

 隣を歩くマイペースでぶっきらぼうな少女。

 突然豹変するクラスの女生徒。

 そして時折見せる問題発言カミングアウトの数々。

 今日これ以上の付き合いはごめんだが、何故かこれからの毎日に彩りが生まれたような、不思議な感覚になっていた。


 ――――


「――ここが、【キリスティス】寮の第四女子棟。これから三年間生活する事になる私達の家だよ。寮の組分けは聞いてるよね?」


 リサのといにアリカは頷き、アルフォードや教師のジークムントから聞いた説明を復唱していく。


「様々な知見と交友を身につける機会を増やす為一般教養科と武芸科は原則共に生活し、各寮に所属する。所属する寮は【慈愛ノイモント】【勇気キリスティス】【知恵クレスト】【シアナ】の四つ。これらの寮同士で成績を競い、優勝者には卒業時の箔付きを含め学院の施設関しての隠し特典の利用が可能――だよね」

「うんうん。隠し特典については毎年変わるけど、食堂のマル秘メニューとか、教員専用の施設を利用出来るとか割と豪華な特典があるんだよね。去年はシアナ寮が《学園都市内の施設を半額で使用》できる特典だったね。主に魔導士科が喜んでたよ」

 「薬や魔導具、消耗品も騎士科より多いからね。もの好きなら武具作る奴もいるくらいだし」


 話ながら、寮内を歩く二人。他にも大浴場や食堂があったりするが、リサやアリカの住む寮長部屋には調理場や浴場まであるので割愛された。


「という訳で、ここが私達の部屋の101号室。調理場も兼ねた談話室に、風呂場、それぞれの個室があるよ。談話室が基本的な生活空間になるね。後隣の第五女子寮に私達が使える作業場もあるけど、騎士科の私達はあんまり使わないかも」

「え、武器の調整とか魔導機エルスフィアの微調整とかで使わない?」

「普通の騎士は専門の技師に任せるよそんなの」


 笑いながら言って、はたと思い当たる。


「そういえばアリカは魔工技師でも有名なだもんね。ね、あの時は誤魔化したけど、どうして名前変えてるの?」

母様ははさまの名代でもあるアリカ・オーディン・フォン・シュルツの名前じゃじゃなくてもそれなりの有名人だからね。私が普通の学生生活送れるように知り合いが考えてくれたんだ。勿論理事長は知ってるし、ジークムント先生は隠蔽するのにも一役買ってくれてるよ」


 お互い私服に着替えながら、アリカ達は話を続ける。


「成程ね。でも騎士科に入ったのはどうして?技師免許取るなら入る必要性無いよね。アリカは魔導士科に入るかと思ってたけど」

「そっち系の免許は母様に無理矢理取らされてるから。後、下手したらバレそうだし。興味ある範囲は勉強出来るみたいだし、それなら興味あったこの科に来た方が有意義かなって」

「ふふ、その独特な親の呼び方も懐かしいね」


 お互いテーブルに付き、リサが淹れた紅茶と受け取ると「ありがと」の一言。


「そもそも私がここに来たのはみたいなものだし」

「え、アリカちゃん病気なの!?」


 ずい、と心配そうに顔を近づけるリサにたじろぎながらも手で元の位置まで戻す。


「……みたいなものってだけ。さっき話てた体質の話っ」

「体質って……まだ何かあるの?」

「龍気性魔力過多症候群って分かる?」

「いや、初めて聞いたけど……」

「だろうね。私がだから」


 

 その得体の知れない病気と名称を何でもないように答えるアリカをを見てリサは取り敢えず聞く姿勢を取った。


「症状自体は単純でね。感情の機微で魔力と潜在魔力が増大する。――ただしその魔力は人や魔物に流れる魔力より。そんな魔力が溢れるんだ」

「待って。そんな事になったら、身体は――」

「そう、身体に馴染まない。馴染まない魔力は心身を傷つける。それも、ズタズタにね。普通にしていたら脳も無事には済まない」

 みたいな、ではない。そんなものは立派な病気だ。普通はそんな状態じゃ立ってすらいられないだろう。そんな事を友人である少女は、淡々と話す。


 そんなもの、何でもない訳がないのに。

「…………いつから?」


 震える手を抑えて、絞るようにリサは声を出す。アリカは数秒程逡巡して、珍しく控えめな声で答えた。


「8歳の時には……でも気にする事ない――」

「――気にする?そりゃ気にするよ!友達でしょ!?友達が苦しんでた時に!私は……、私はっ!……私だけがっ!!」


 家族との再会に胸踊らせていたあの頃が恨めしい。

 未知の病気に苦しんでいる傍らに居られなかった自分が。  

 今度会ったら何処へ遊びに行こうとはしゃいでいた自分が。

 何か困ってたら助けてあげようなどと考えていた自分が。

 明日にも死ぬかもしれない友人に何も返せなくて。沢山の感謝も親愛も尊敬の言葉ですら、足りない彼女の行いに何も報いれず、自責の念が絶え間なく溢れる。

 どうして。なんで。あの時一緒にいれば。何度も、何度も、何度も。同じ言葉を繰り返し、また繰り返す。


「――――家族と呑気に笑っていたんだっ!!」


 血が滲む程に握りしめられた拳が机に振り下ろす寸前。その拳を受け止めるが一つ。


「それの何が悪いの?家族と笑い会える日常が手に入ったんだ、何もおかしくなんてないよ」

「……でも、アリカちゃんは明日会えるかも分からないんだよ?明日顔合わせたら死んでるかもしれないなんて……ぅ、……やだよぅぅっ!」


 全力でリサに抱きつかれて、号泣される様子に相反して何とも言えない、というか冷や汗を垂らしながら目を迷わせるアリカの様子。お互い目を合わせると、ポリポリと頬をかいて彼女は苦笑いする。 


「――ごめん、言葉が足りなかった。実はある程度治ってはいるんだ」

「……どういう事?」

「私の師匠から貰った魔導具で殆どのその魔力は停滞――つまり封印されてるんだ。私が魔力を馴染ませられる位の力だけが身体に流れている。お陰でこの8年間は普通の身体と変わらない。――むしろ筋肉も骨も強くなったくらいだし」

「……じゃあ何?道中言ってた体質もその魔力のおかげで増えたっての?」


 涙を瞳に溜めながら、鬼気迫る真剣な顔で詰め寄られ、アリカはまたたじろぐ。


「えー、まあ、そんな感じ。髪の色も誤魔化せなくなっただけだし。ほら《染色ダイイング》」


 アリカがそう呪文を口にすると、プツプツと彼女の髪が当時の馴染み深い、赤みのある黒髪に変化していく――が途端にその色はまた剥がれ落ち、いやように元の綺麗な白金色の髪が現れた。


「こんな感じ。隠していたけど、元々この色なのよ」

「じゃあ治療ってのは」

「師匠が「お前の魔力制御力があれば魔導具の必要も無いから、一から勉強してこい」ってお小言貰ってね。騎士科に入ったのは火力重視の魔導士科よりもその制御力を高める機会が多そうだから、ってのが理由の一つ」

「……成程、これでわかったわ。以前無かった筈の貴方の体質と騎士科に入った訳は……て、待って。もしかして性格が前より落ち着いてたり、無口な訳って――」

「ん?ああ。魔導具貰うまでは激痛に付き合うしかなくて。その激痛に対する防衛本能か、感情がんだよね。余程高ぶらないと態度に出なくなってるけど、全くない訳じゃないしいいかなって」

「…………アリカちゃん」


 底冷えするような、初めて聞く声色に、アリカは自然にピシリと座り。飲みかけていた紅茶をゆっくりと飲んで、喉を鳴らす。


「………………なんでしょう?」

「それって事……?」

「いや、まあ……私は困ってないし……。ほら、基本的に研究とか開発ばかりしてたから――」

「打ち合わせとか、研究者同士でもあるでしょ!まさか、全部一人でやってたの?」

「いや、全部報告書で間接的な物で済むし」

「出掛ける時は!?」

「町に出掛けるだけで感謝されるから特に表情がどうかとかは特に何も。貴族階級って便利よね」

「箱入り娘………………」

「私もそんな気はしてた」


 生死に関わる問題――と思いきや意外と至れり尽くせりな処置を受けてるアリカを目の前にして、リサは毒気を抜かれていた。

 

 さっきまでの気持ちを返して欲しい。


「…………これで今朝の先生の慌てようも分かったよ。聞いた感じアリカちゃんも昔とそこまでは変わってないみたいだし」

「強いて言えばも敏感になったから、声がね……」

「……もう驚かないけど、バレないようにね。本当、フォローしがいのあるというか……」

「いや、それ程でも」

「……褒めては無いからね?」

「………………」


 ガーン、という擬音が似合いそうな沈黙。何だか昔の空気に戻ったみたいだ。


「ふふ――あははっ」

「ふっっ……くく。はははっ」


 二人の笑い声が木霊する。

 先程までの空気が嘘みたいだ。そうだ、私達はこれで良い。どんな困難が、絶望あったって。不安になっても迷ったとしても。


「何だかお腹空いちゃった。何が欲しい?」

「あ、私ホワイトシチューが良い。野菜がごろごろ入った歯ごたえのある奴」

「あーそれ昔初めて作った失敗作でしょ。嫌だよわざわざ作るの」

「そんな事言わないでよ。私達の友情の証でしょ。そもそもね――――」


 言うまでもなく、引っ張ってくれる。言うまでもなく、引っ張ってあげる。

 時に寄り添い、

 時に励まし、

 時に争い、競い合う。

 そう。

 

 


 

 二人が繋いだいとは決して消えたりしないのだから。 

 

 

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