第4話 アリカと友達になろう

ぐぅ~。


 そんな間の抜けた音が唐突に聞こえた。アルフォードは腹が減ってはいるが、音を出す程でもない。隣のアリカを見れば相変わらず無表情――ではあるが、耳の辺りが少し赤みを帯びているように見える。


「なに」

「い、いや。何と言うか、腹が減ってきたね。ガイダンス内容も一応一通りした事だし、友人と一緒に昼にしようと思っていたんだ。私達と一緒で良ければ――」

「行く」


 即答。

 心なしか触覚のようにぴょこんとしているアホ毛が踊っているように見え、堂々と歩く姿が何となく、ステップを踏むように軽い。

 ……余程楽しみにしていたのか。


「行かないの?」

「あ、ああ。……て、待て待て。場所分からないのに先に行っちゃ駄目だよっ」

「だって遅いから」

「そんなに急がなくたって、店は逃げないから。 ほら、こっち来て」

「わかった」


 そうやって微妙に疲れるやり取りを交わしながら、アルフォードはアリカを連れていつもの場所――正門への定期便の馬車乗り場で待機していた。


 そして、十分弱。


「……遅い」

「いや、きっかり時間決めてる訳じゃないから当然だろう。遅れる事もあるよ」

「私は無いけど」

「とにかく、もうすぐ来る筈だから待っていてよ」

「じゃあ私は食堂でいいわ。場所教えてくれない?」

「いいけど、今からだとどこも食堂は混んでるよ?どんなに早くてもここから十分以上かかるし、ついても更に時間掛かるよ。外で食べるとしても周辺は良く学生が利用するから今日みたいな日は予約無しじゃどの道昼時は過ぎちゃうね」

「…………私を嵌めたな?」

「………………文句はジークムント先生に頼むよ。元を辿ればあの人が悪いんだし」

「それもそうね」


 興味を失ったのか、隣で大人しくしているアリカを見て脱力するアルフォード。本当に大人しくしてる分には良いが、話せば話す程浮世離れというか、箱入り娘というか。通じる事と通じない事の温度差が激しい少女だ。

 そんな事を考えていると、ようやく助け舟がやって来た。


「おまたせー」

「遅いぞテオ。何してたんだ」

「ごめんごめん。途中でタチバナさんと会ってね、朝も一緒だったしお昼一緒にって誘ってたんだ」

「私が一緒だと悪い、と思っていたんだが……いや、待て。アルフォード、その子は……」

「ん?……あれ、もしかしてリサ?」


 アリカは声に気付いたのか、リサの名前を呼ぶ。その声に感極まり、駆け寄ってリサは思い切り抱きつく。

 身長の低いアリカは覆いかぶさり、頬ずりしてくるリサにされるがまま、その行為を許していた。

 アルフォードとテオドールはリサのギャップについて行けず、暫く茫然としていた。


「アリカ、アリカちゃんだ!髪も雰囲気も変わってたから、気付かなかったよ!」

「ごめん。私も名前変わってたから気付かなかったよ。あと、悪いんだけどね…………」

「どうしたのアリカ?」


 そう聞き返すリサの耳に先程聞き慣れた、しかし大きな空腹音が木霊して、


「私……もう、限……か、い…………」

「アリカ――――!!」


 パタリと倒れたアリカ。リサの叫びを皮切りに、三人で彼女を食堂へ搬送する運びとなった。


 ――――


 学園都市アナトリアの商業区画、学院正門付近で一番人気の平民向け食堂【宵の明星亭ヴェスペリア】。その片隅で食事をするアルフォード達は向かいに座る光景に目を疑った。

 ハンバーグ、シチュー、ライ麦パン、カルボナーラやペペロンチーノ等々。運ばれては、いつの間にか消え、また運ばれては消えて。

 アリカの前にあった皿が3つ積まれる間、アルフォード達が一品食べ終わる。アルフォード達が遅いのか、アリカが早すぎるのか、感覚がおかしくなる光景だった。


「なに?」

「い、いや……良く食べるなぁ。と思って……」

「ここの料理、美味しいから」 

「そりゃそうだろうね…………」


 アリカの美味しそうに、しかし黙々と食べてる姿は荒々しい、と思いきや実に所作の一つ一つが綺麗で。上級貴族がお忍びで来ているようなテーブルマナーが、凄く板についていた。

 その色んな意味で異様な光景にアルフォードがテオドールと顔を見合わせ、苦笑するのも自然な事だった。


「す、すごいね。まだ食べてるよこの子……」

「テオ、もう気にしたら負けだ。それよりも――」

「ああ、バルバロイはまだ知らなかったな。改めて紹介しよう。彼女がシュテルン王国で出会った親友で、今はアリカ・オーディン・フォン・ユーディットという

?別の名前だったのか?」


 アルフォードの言葉に少し笑って、違う違うと頭を振る。


「――恥ずかしい事に名前しか知らなかったんだ」

「だから教室の時は話さなかったんだな」

「珍しい名前でもないし、余計にな。子供の時と印象が違った事も大きい」

「印象といえば、さっきのタカムラさんも凄かったねぇ……」


 しみじみとテオドールが呟くと、アルフォードも心の中で同意した。彼女は頬擦りしていた時の事を思い出したのか、赤面して不機嫌そうに、目の前のハンバーグを口に運んでいた。


「あの時の事は…………頼む、忘れてくれ。八年も会っていなかったんだ。あれは……その。昔の癖で…………」

「何で口調戻さないんだ?可愛いのに。何なら、俺達にもそっちの口調で――」

「ていっ!」

「――ガボゥァッ!!?」


 いきなりアルフォードの口に人参付フォークが突っ込まれる。彼の皿にある――否、故意に避けられていた野菜を素早く突き刺し、刺突の如く炸裂した。

 当然その威力は凄まじく、勢い余って飲み込んでしまった。


「――てぇな!?何するんだよ!」

「こっちの台詞だ、馬鹿者が!!私はわ・す・れ・ろと、言ったのだぞ!?」

「俺は友人として助言をだな――」

「――余程。貴様爆弾ピーマンを食らいたいらしいな。もう一回やろうか?」

「……スミマセン。分かりました。タノムカラソレダケハゴカンベンヲ…………」

「……仲良いんだね?」

「…………取り敢えず、一番君がマイペースというのが分かったよ。ていうか、まだ食べるの?」

「うん」

「あ、そう……」


 冷たい笑顔を浮かべるリサと、血の気が抜けすぎて最早病人のアルフォードを仲裁するテオドールを他所に、アリカの二重六回目の「おかわり」が響いた。



「じゃあ自己紹介の続きをしようか。 僕はテオドール・エアリアル・バルバロイ。出身は中央地区キリスティスにある皇都【シアナ】で、伝統と文化を重んじるバルバロイ伯爵家の三男だ」

「バルバロイ――というと帝国の宰相や帝国近衛魔導士を排出するあの名門伯爵家の子息なのか?」

「知ってるんだ」

「名前くらいしか知らないけどね」

「ま、古臭い家系ってだけだよ。親しい人からはテオって呼ばれてる」

「じゃあテオ。これからよろしく」

「こちらこそ」

「待て待て待て。アリカ、私と態度違い過ぎやしないかな?」


 余りに順調に、そして自然な流れで愛称を呼ばれた事に不服を漏らすアルフォード。

 出会ってから今まで数時間とはいえ、学院を案内して、話し合い、流れとはいえ交友の輪を広げるきっかけになった食事を誘ったのも自分だ。それなりに親しくないと愛称を呼ばれる事はないのかと思っていた矢先、出会って一時間程度――しかも会話の程度で言うならば数十分程度のテオドールが先に愛称で呼ばれた。

 リサはそもそも友人であるカラ良いにしても、彼まで名前で呼ばれているとなるとアルフォードが仲間外れなのだ。


「これから仲良くなる、というか確実にお世話になりそうだし。そもそもを目指す人に悪い人はいない」


 どんな基準だそれは。と口にしそうになったアルフォードに被せてアリカは怪訝な顔をする。


「それに口調」

「は?」

「二人には「俺」とか砕けた口調な癖に、私にはなんか固いし」

「そんな事は……」

「確かにそうだね」

「私もそれは思っていた」


 二人の同意にうぐっ、と呻くアルフォード。確かに、外面対応をしていたのは事実だ。二人と砕けた会話を聞かれた時点で変える方が良いと思いつつも、もう少し親交を深めてから、と考えていた手前行動に移してはなかった。

 しかしそうやって聞いてくるという事は、名前で呼んでくれるのでは?と思ったので意趣返しを含めて、口を開く。


「じゃあ俺が普通に話せばアリカも呼んでくれるのか?」

「それはどうかしら。アル――」


 と呼ばれて安堵するが、


「――セイフ」

 ガタ、と椅子からずり落ちるアルフォード。その様子にリサもテオドールも肩を震わせて、笑いを必死に堪えていた。


「アリカ、お前わざとやってるだろ」

「心外な。渾身のコントにわざとも何も無い」

「やっぱりわざとじゃねぇか!」

「あはははっ!――ひぃ、ああ、もだめ。わら、いが、止まら――ははは!」

「ふふ、アリカ。やっぱり変わら、ないね。ふふふ――あははは!もー巻き込んで笑わせる天才でしょ!」

「これでアルセイフもリサもテオも友人。笑顔は世界を救う」

「俺は笑ってないんだけどな!?」

「――でも楽しんでたしょ?」


 相変わらず無表情な顔。見つめる先には笑いの絶えない二人の団欒。彼女の眼光は冷たい氷刃を連想させる。ふと瞳の色に、陽だまりのような暖かさと冬めくような寂しさを感じて。


「……そうだな」


 自然とそう溢した。

 何だか、呼び方に拘っていた自分もどうでも良くなって。

 この楽しい気持ちに笑っていないとは言えなくて。

 ただ、この風景が当たり前になれば良い。そんな事を考えて。






「所で、食後の甘味デザートってまだ?」

「「「まだ食べるんかい」」」

  

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