第3話 認めぬ者

「アリカ・ユーディット!」


 図書館から第二号棟を移動する途中、突然叫び声が聞こえる。その一声が響き渡った直後、穏やかな喧騒がなりを潜める。

 腕を組み、どっしりと構えた姿で待ち構える騎士科の男子生徒が一人。リサの母国――王梁の国ヤマツ風に言うなら正に仁王立ちの姿でその少年は睨んでいた。


「お前は…………、えーと。(アルセイフ、こいつ誰?)」

「(ヘリオロス•アイシクル・イーグル。ほら、成績について聞かれただろう?最初に聞いてきたのが彼だ)」

「(あー、成程ね)――イーグル、だっけ?血相変えてどうしたの?」


 この間の抜けたやり取りの後に真顔で質問するアリカ。アルフォードはヘリオロスの血管がはち切れそうな程赤くした顔を見て、眉間を押さえて深くため息をついた。

 嫌な予感――というか誰がどう見ても彼を蔑ろにした態度に次の流れが予測出来てしまう。相手に対して欠片も興味が無さそうな彼女からすれば至極当然ではあるが、その無機質というか無関心な態度で睨むように見据えた(少なくとも周りからそう見える)ら例えアルフォードであっても不機嫌にはなっだろう。必然的にほぼ初対面のヘリオロスは火山を噴火させた。


•をつけろ様を!貴様平民だろうっ。幾ら学院だからって最低限の礼儀くらい――とそんな事は今は良い!ユーディット嬢。私達が納得する説明をして貰おうっ!」

「……さっきジークムント先生から説明して貰ったでしょ?私がシュテルン王国からの留学生で、騎士科の生徒。それ以外説明居る?」

「いるわ!一体どうやって入学してきた?まさか本当に六十四秒で試験を突破したとか言う訳ではあるまいな!?」

「信じようが信じまいが合格したのは事実で、学院からは留学生として私は認められている。ともかく、よろしく」

「勝手に話を終わらせてんじゃねぇよ!?」

「だってお前、納得しないし。話すだけ無駄じゃない?」


 火に油を注ぐ天才か。


 最早キレ過ぎて所々言葉が崩れながら怒鳴りながら、ぶちぶちとはち切れそうな血管をピクピクさせ、ヘリオロスは腰に提げている獲物を乱暴ながらも素早く引き抜く。ニヤリと口角を上げると、周りの野次馬ギャラリーが増え始めた。これはまずい状況になった。


「そこまで言うのなら決闘と行こうじゃねぇか?留学生さんよぉ」

「……まあ、いいよ。どうせ言っても聞かないし」

「アリカ止めてくれ。ヘリオロス、君もだ。ここでは魔術が使えない。彼女の実力を知りたいのなら親善試合の日に存分にやればいいだろう」


 実技区画では魔術が使えるように施設が改良されているが、この場所は教養区画。道幅が広いとはいえ、特に強力な結界があるこのアナトリア学院では魔術使用は勿論、身体強化系の魔法すら使用出来ない。当然、女生徒より男子生徒が有利な状況だ。


「アルフォード君、私は皆から先程の真偽を正すように言われて来ているのだ。口出しは無しにして貰おうか?」


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。成程確信犯か。


「貴様――」

「良いよ、アルセイフ。どうせどんな思惑があろうとには負けようないし」

「……大した自信だな、留学生」

「アリカだよ。まあ、に勤しむ位だ。そんなだから私に面倒な突っ掛かりするのよ」


 アリカが発した言葉に、アルフォードは眉を動かす。

 陳腐な政争ごっこ。そう評した彼女は既に学院内で起きている下らない争いに気付いているという事だ。今朝の出来事から現在まで三時間程度。自分といた間にそんな話を振る機会は皆無だった。案内の時間を除けば一時間も満たない時間でその真相にたどり着くだろうか。

 無理だ。最初から知っていなければ。どうやら彼女は見かけよりも貴族としての姿勢や知識を持っているようだ。


「誰か剣貸してくれない?」

「……私の予備で良ければ」

「ありがと」


 思考を巡らせているとアリカは野次馬の一人である騎士科の生徒から渋々と渡された予備のあまり使い込まれていないの剣を持ってきた。腰に提げている様々な文字が書き込まれた魔術布により仰々しく拘束措置が施された剣も異様な長さで特徴的な反りの持つ刀――も抜かずに。


「持ち前の剣は何故抜かん?使い慣れてないから負けました、なんて聞かないからな?」

「私、。加減が難しいのよ。これ位じゃないと釣り合わないから、まあ……気にしないで」

「この……っ!まあ、いい。その余裕な顔をしていられるのも今の内――だっ!!」


 アリカが構える前に一閃。明らかな不意打ちに、野次馬も避難の声を上げる。だが、それも彼がアリカを間合いに捉え、その左肩へ振り下ろす刃が迫る数秒にも満たない間で、いつの間にかヘリオロスのがその場の時を凍らせた。


 

「……あれ。これで終わり?」

「――もう一回!もう一回だ!」

「どうぞ。お好きに」


 場を仕切り直し、その度に技を変え、手を変えて不意打ちを掛けるヘリオロス。しかし、背後を狙っても、首筋を狙っても、脇腹や足元を狙っても。目を潰そうとしようが、格闘術を織り交ぜようが。その剣は、拳は彼女の輪郭をなぞるように空を斬り、届かない。


「く、くそぉ…………っ!」


 剣先のギリギリ、全て紙一重で届く。しかしその紙一重を詰めるまでが。あまつさえヘリオロスの荒い剣筋を調整するように的確に、ギリギリ防御出来る範囲でアリカは反撃を繰り出す。


「上手い上手い。しっかり防御出来るてるね」

やがって…………逃げ回るんじゃねぇよっ!」


 大振りの一撃。先程までのアリカなら避ける攻撃だ。女性の力は男性と比べて圧倒的に弱い。剣技という点において圧倒的アドバンテージのある彼女が逃げ回り反撃カウンターを狙うスタイルは理想的と言っても良い。誰もが受け流しだけでは止められないこの攻撃を回避すると思っていた。

 ――がこの時。アリカはこの攻撃を避けずに


「舐める?」


 その言葉を聞いて無機質な嘲りの色が含まれる。


「何か勘違いしているんじゃない?ああ、もしかして私に自分が勝つとでも思っていたの?私は決闘をするなんて事は一言も言ってないけど」


 ヘリオロスの剣とアリカの剣が拮抗する。――否、その一足一刀の距離が、一歩また一歩と距離が縮む。


「そもそも私が留学生で特待生である証を、騎士科の学生である事を証明しろと貴方は言ってたよね?だから教えていたのよ。特待生らしく――をね」


 ヘリオロスの剣が、徐々に自らの首へ、と彼女の剣によって押し込められた。

 それも彼女のだけで。


「これが証拠。分かった?私がなんて使う必要もない訳が。技も力も数段劣る――そもそも心構えすらなっていない。そんな子供と大人のような差があるのに、があるわけないでしょ?身体強化して勝とうなんて事すら思わないわよ、私は」 


 自分よりも頭二つ近く小さな彼女との、あまりにも違う力量差。その事実を言葉と行動で、まざまざと見せつけられ、ただの学生と留学生との差を否応にも染み込ませられる。

 アリカはそのピクリとも変わらない顔を近づけ、ヘリオロスの耳元で囁く。


「さて、のは一体どっちかしら?」


 耳をつんざく反響音。

 アリカの振り抜かれた剣がヘリオロスの剣を彼の身体ごと吹き飛ばし、野次馬の前で倒れる。彼女は剣の刃こぼれが無いか確認し持ち主へ「ありがと」と一言交わして返す。


「私の勝ちね」 

「…………認めん、と言いたいが。――成程、流石留学生という事か。謀を見破る慧眼といい、恐れ入った。先程のすまなかったな」

「意外だな。【貴族派】である君があっさりと認めるとは」


 アルフォードが驚いた顔で関心すると、ヘリオロスは嫌悪した表情を隠さずに吐き捨てた。


「何があっさりなものか。今のは貴方のいう所の【貴族派】としての非礼に対してだ。ユーディット嬢個人に対しては今でも認める気は無いぞ。――だが、あれだけの剣技と力を見せつけられ、あまつさえ自らの未熟を指摘してくれた者に対して無礼者だからと認めないのはそれこそ無礼というものだからな」

「それなりには楽しかった。今度はちゃんと戦えると良いね。今後もよろしく」


 心なしかスッキリとした顔(といっても無表情だが)で挨拶をするアリカ。プライドが邪魔をしているのか苦虫を潰した顔で彼女と握手を交わす。


「……まあ、何にせよ悪かったな。素晴らしい剣技と膂力だった。あの成績バトルタイムも交えてみれば成程、その力量であれば可能なのだろう。今回は要らぬ雑念が入った故に無様を晒したが、次は君の言う通りちゃんと戦うと誓おう」


 そう言い残し、踵を返し去っていくヘリオロス。二人して背中を見送ると、唐突に振り返って言った。


「言い忘れていた。負けは負けだからな、ユーディット嬢が困った時は一つだけ手助けをしよう。私個人のけじめとしてな。それと、私が指摘した事は直しておけよ。今後の生活にも関わるからな」

 「んー、考えとく」

 このやり取りでアルフォードはしみじみと思った。






 全く自由フリーダムな少女である

 

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