第2話 アリカという少女

「お……、女の子!?」

「何で騎士科の留学生に女が!?」

「制服めっちゃ似合う……良いな……」

「先生!これは一体どういう事ですか!?」


 捲し立てる学生達の様子にアリカが怪訝な顔を隠そうともせずに睨む。その様子を見たジークムントは慌てて弁明を始める。


「ま、待て待て!説明してやるから。……ゴホン。さて、君達は留学生――つまり、特待生が入学する為の前提条件を知ってるか?――ダンテ君」


 アルフォードの隣に座る男子生徒が当てられ、一瞬戸惑いはしたが、求められた回答を口する。


「適正検査と試験の合格のみ、です」

「具体的には?」

魔力エアル量が規定基準を超えている事と座学、実技試験を合格する事です」

「概ね正解。加えるなら、このデリス帝国発行の教本に基づく座学と教官との実戦形式の試験を突破するぐらいか。彼女は問している。私から言えるのはこれくらいだ……他にあるか?」


 欲しかった返答では無かった。ここにいる誰もがそんなの事を聞きたい訳じゃなかった。内容の違いこそあれ一年生からの入学試験や年度末の昇級と編入試験は同じ条件なのだ。知らない訳がない。

 問題なのは彼女が最難関とされる高学年ステージ3――七年生でその特待生という事だ。合格すら困難な数々の関門を突破し、最大の難所である実技試験をくぐり抜け『特待生』になっているなんて事は普通に考えてなのだ。


「何分ですか?」


 ふと誰かが言った。


「実技試験……彼女は何分で合格したのですか」


 実は、アナトリア学院騎士科の試験は実技の方が配点が圧倒的に高い。その内容はで教官との一騎打ち。小規模結界によって魔術の使用を許された空間で、武器による致命打を一本取る事が合格条件だ。

 つまり、どれだけ傷付こうが諦めさえしなければ教官に勝てる可能性がある。現に丸一週間時間をかけて合格した猛者さえいる。そういう経験を経てここにいる者が同じ試験を受けて学年を昇級しているのだ。


「確か、今年の首席はアルだったよな?」


 誰かが言った言葉にアルフォードはぴくりと反応してしまう。


「あいつの成績は……、えっと、何分だっけ?」

「おい、忘れたのかよ。四分五十一秒だろ。学院史上最短記録手前の。あれは笑うしかなかったなぁ」

「お前らな……」


 余計な事は言わなくて良い、という空気を含めて尖らせた視線を周り飛ばす。 途端に学生達は口を閉じる。

 実際の所、この騎士科七年生の中でトップを語るなら彼は外せない。


「待って。リサも同率だったわよ」

「…………わざわざ言わなくても良いのだが」


 そう苦笑気味言うリサも女生徒でありながらアルフォードと並ぶ実力者だ。ふとアリカが彼女を見て顔を緩めた。

 そんな事を気にする間もなく、ジークムントはぴしゃりと口にした。


「ユーディット君の成績に関しては学院側で伝えれる事はない。以上だ。じゃあガイダンスに移るぞ――」

「六十四」


 その数字を言葉にしたアリカを見てジークムントは凍りつく。


「…………アリカ君。止めたまえ」


 静止する彼の言葉を聞き、学生から様々な憶測が飛ぶ。


「六十四?て事は一時間位か?」

「いや、時間なら3日間位かも……」

「もしかしたら引っ掛けかも――」


 

「――六十四秒。それが私が合格した時間。聞きたい事はそれだけ?」


 一斉にアリカに向けられた視線を見て、彼女が放った言葉にジークムントは頭を抱えて、ため息をついていた。

 かくして、アルフォード達の日常は突然に、そして彼女劇薬によって変えられたのだ。   


 ――――


 アナトリア学院内は主に研究区画、教養区画、実技区画の3つの区画に別れ、殆どの学生は一日教養区画にいる事が多い。また各区画には図書館や食堂等生活や学業に関わる施設は一通り揃っている(各施設の質はほぼ同じ)。

  学生は一般教養科と武芸科で大まかに二分され、前者は研究区画と教養区画を、後者は実技区画と教養区画を使用する事が多い。一般教養科はその名の通り様々な知識や技術を学ぶクラスで多くの者は専門的な加工技術であったり、食物の生産職を学ぶ。経済や魔術工学等その職種の幅が広い為自由度の高いクラスだ。

  対して武芸科は武芸――戦闘における技術と知識を学ぶクラスだ。魔術戦闘を主とする魔導士科と近接戦闘を主とする騎士科に二分される。魔物の襲撃が絶えないこの世界では必要不可欠な戦士の育成を主眼に置く為一般教養科より厳選基準が厳しい。


「――という訳で、ここが教養区画の図書館。剣を始めとした武術指南書や戦闘魔術入門書は勿論、各分野の専門書も揃ってる。ここに無い本は殆ど無いだろう」

「凄い数。棟丸々使うなんて贅沢」

「お陰で知識には困らない」

「だろうね」


 四階構造になっている図書館の中心に立ち、素直に感嘆の言葉を漏らす隣でアルフォードは図書館を見渡す。

 シンプルながらどこか神秘的な美しさを感じるのは建築家の手腕だろう。この静謐さを帯びた空間には足音すら立てる事が気が引ける。何故こんな事になっているかというと――


「さてアルフォード君。君はユーディット君の案内を頼むよ」

「いや、始業式ガイダンスはどうするんです?何故私が……」

「ガイダンスは中止。というか、改まって言う事無いだろう。毎年同じ説明受けてるし、施設ももう勝手知る所だ。

 ガイダンスが終わり次第親善試合トライアルでもやらせようかとも考えてたのにな…………君達が騒ぎ立てるせいで事後処理が増えてね。彼女にも否はあるが、騎士たる者もう少し節度を持った行動をするべきだ」

「それはそうですが――」

「まあ、仲を取り持つのも優等生の役目だ。なに、施設の説明さえしてくれれば良い。寮の説明は此方でしておく」


 ――とまあ有り体に言えば丸投げされたのである。問題の彼女は睨むように鋭い視線をしており、口元はピクリとも笑いもしない。正直何を考えているか分からない。

 だから、アルフォードは素直に、気になっている事を聞こうとした。


「…………えっと、ユーディットさんは」

「アリカで良い。学友は名前で呼ぶものと聞いたし」

「普通、出会って数時間の子を名前で呼ぶ事は少数派だろうね……」

「そうなの?ふーん、まあいいわ。どうせ皆にもそう呼んでもらうから」


 瞳孔が少しだけ開き、少し驚いたように聞くと、どうでも良いといった様子で名前で呼ぶ事を強要してきた。少し戸惑いながらも話を戻す。


「じゃあアリカ。君、睨んでる訳じゃ……無いんだよね?」

「は?」

「いや、誰彼構わず睨んでるなら、止めて欲しい。武芸科の生徒は兎も角、一般教養科は萎縮するだろうから」

「ああ。そういう事」


 怪訝になりつつも、アリカはアルフォードの言った意味を読み取り、人指指立てる。すると小声で、しかも隣じゃなければ吹いて飛ぶ程の声量で口にした。


「……だからって騒いでるのね」

「……何言ってるんだ?誰もそんな事――」

。気にしないで。それより、何故騎士科に来たのかの方が聞かれると思ったけど……」


 先程の言葉に少し気がかりではあるが、彼女の疑問と覗き込まれる瞳にいたたまれなくなり、アルフォードは白状する。


「まあ、気にならない訳じゃあないけど……足運びや乱れない呼吸を見ればそこら辺の奴より事くらい分かるよ」

「へえ」

「留学生の話や成績バトルタイムにしても信憑性のある話を掘り下げてもね。それより人となりやどんな技を使うか聞いた方が建設的だろ?」 

「面白いね、お前。良いわ……凄く良い」


 くすり、と不敵に笑いながらくるりと周りアルフォードをまじまじと見据える。

 動きに沿ってなびく光の加減によっては銀色にも見える白金の髪はシルクの布ように綺麗になびく。

 

 覗き込む蒼穹の瞳は木漏れ日に照らされた泉のように透き通るようで。

 

 機械的、とも思える表情から溢れた彼女らしい凛々しく、柔らかな微笑み。


 面白い、とか良いとか言われて心地良い覚えて。アルフォードはするりと今の気持ちを口に出した。


「アルフォード・エーギル・オウス・アルセイフ」

「……?」


 きょとんと笑顔を引っ込めた怪訝な彼女からそっぽを向く。


「私の名前。言って無かったろう」

「――ああ。確かに、聞くのを忘れてわ。よろしくアルセイフ?」

「止めてくれ。君に言われると何だか気持ちが悪い」

「知り合いにも良く言われたわ。でも、呼び捨てにしたら怒るものでしょ、伯爵子息様は」

「そんな事で怒るか」


 冗談めかして不敵に笑うアリカに釣られて笑うアルフォード。不意に訪れた少女は、存外に気の合う存在になりそうだと、彼は心中で独りごちた。

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