序章 編入生

第1話 編入生

この大陸最大の国家、【デリス帝国】。世界に存在する陸地の約三分の一を占めるテスタメント大陸の七割を統治する大国だ。この国を含め、この世界は紀元前に存在したとされる【古代マキシディス文明】の遺跡に眠る失われた技術ロストテクノロジーを再現、または復活させる事で栄えてきた。人類を脅かす天敵生物【魔物】に対抗する戦闘技術【魔術】もその一つだ。

 豊穣と歌の街――西部【ノイモント】、帝都シアナの位置する帝国の中心【キリスティス】、開発と鉄の街――東部【クレスト】。大きく3つの地域に分けられるこの国の秩序を守るのは、各地域で戦う軍人――騎士と魔導士達である。


 ――――


「――はぁ――っ――はぁ――っ!…………はぁ、はぁ。なんとか、撒けたか?」

 キリスティスの西部最大の学園都市【アナトリア】。その商業区画の裏街道を冷や汗で額を濡らしながら、男が一人。

 街の人々が袖を通すラフな服装に温和な人相。それだけなら誰も気にもしない普通の平民だが、抱える姿は窃盗犯のそれだ。


 「そこまでだ」

 「――な、ぃ!?」


 男は掛けられた言葉に虚をつかれ、ぐるりと視界が回転し、地面に叩きつけられた。頭上から声が聞きこえた時点で背後を取られた男は、為す術もなく取り押さえられた。

 その姿は濃紺の軍服じみた制服をきっちり着こなし、左胸に獅子ライオンのブローチを輝かせるだった。


 「そのまま大人しくしていれば、手荒な事はしない」


 風の余韻になびく美しい金髪。見惚れるに透き通る翡翠色エメラルドグリーンの瞳は鋭利な眼差しによって、少年を戦士に彷彿とさせる印象を与えていた。


 「な、が……学生、か」

 「見ての通りさ。普段は出しゃばる事もしないが――」


 その少年は放り出された学生鞄を見やると冷静に状況を把握する。


 「堂々とアナトリアの学生――しかも学友の物となれば、突っ込みたくもなる。……っ、暴れるなよ。ぞ?」


 脅しも兼ねて、強めに言う少年を見て不敵に笑う男。


 「何を笑って――」

 「はは、お前さん。なんで俺が思ってんだ?」


 その言葉に反応し、ほぼ同時に拘束した男の後頭部を蹴る。空中に飛び上がり、先程いた場所には軍用の長剣アーミングソードが横薙ぎされていた。着地と同時に踏み込み、脇腹に回転を加えた打撃を打ち込む。


 「が…………ぁっ!」

 「野郎――っ!」


 後続に二人程やってくる。しかし、狭い路地であるこの場所で長剣は単調な動きとなる。袈裟斬りを振る前方の男の背後を取り、手に持つ長剣を奪い、後方の横薙ぎを仕掛ける男の攻撃を受け流し鳩尾に柄を打ち込む。気を失った男を背負い投げて、前方の男へ真っ直ぐ放り投げる。


 「どわ――――っ!!」


 情けない叫びが聞こえると、狼藉者の山がそこには積まれていた。


 「確かに、一人とは言ってなかったな」


 少年はばつの悪い表情で独り言ちる。一瞬、気配を感じたが、すぐに気配が失せた。

 気を取り直して、動かなくなった肉の山の底を探り、持ち逃げようとした鞄を手に取ると、土埃を払った。


 「よし」

 「――何処へ行った!賊ども!逃げるとは卑怯だ〜ぞ〜!!」


 屋根の上からやたら大きな叫び声が聞こえる。声質から少女と分かり、少年は呆れながらも呼びかける。


 「おーい、こっちこっち!リ〜サ〜!!」

 「む?見つかったのか!」


 声を張り上げてその少女を呼ぶと、軽快で、安定した動きで壁を蹴りながら、少年の所まで降りてくる。この国では珍しい艶のある黒髪。深みのある蒼穹色ブルースカイの凛とした眼差しが、盗られた鞄を目にして安堵の色を浮かべる。そんな雰囲気でも、隙の少ない足運びを見て、苦笑交じりに少女――リサ・タカムラに鞄を放る。


 「一応、傷がないか確認してくれ。多分大丈夫だろうけど、もし破損していたら学院の方に申請出せば、予備が貰えるはずだよ」

 「ああ、ありがとう。一目散に追いかけた筈が、もう取り返してくれていたとは……流石だなアルセイフ様は」

 「いやぁ、はは…………(そりゃ行き先と逆方向行けばそうだろうな。ていうか良く戻ってこれたな)」


 多少見知った間柄とはいえ、いつも彼女の方向音痴加減は驚かされる。


 「流石なだけはある」


 にっ、と悪戯めいた表情でリサに揶揄われた少年――アルフォード・エーギル・オウス・アルセイフはため息混じりにそっぽ向く。


 「……止してくれ。俺はお節介を焼いただけだ。後だけは勘弁してくれ、頼むから」

 「君、口調崩れてるぞ」

 「あー、まあ、いいだろ別に。路地裏だし。大体、君の国ヤマツで言えば家格も同じなんだし、良い加減名前でも構わないぞ」

 「ならアルフォードと呼ばせて貰おう。揶揄ったのは大目に見てくれ」


 去年までは生真面目な性格と思ったがこの一年間で意外にノリが良い性格なのは知っている。何かとバディになる事も多かった彼女に名前を呼ばせないというのも不義理だろう。


 「これも何かの縁だ。取り敢えず一緒に行かないか?」

 「良いのか?実はまだ街に慣れてなくて困ってたんだ」

 「――ぃ!二人共ー!――ひぃ、――ふぅ……!何処行ってるんですか〜!」


 リサが苦笑気味に肩をすくめていると、アルフォード達を呼ぶ荒い声が飛んでくる。


 「やっと来たかテオ」


 アルフォード達のいる裏街道の出口から行き絶え絶えでやって来た赤毛のローブ姿の少年――テオドール・エアリアル・バルバロイ。

 黒い眼鏡をかけ直し、鬼気迫る表情で深呼吸していた。


 「あ、アル……タカムラさ……きみ達、はしるの、はや……」

 「すまない。急いでたもので……その、置いていってしまった。大丈夫か?」

 「同じ武芸科の癖にトロ過ぎるんだよテオは」

 「君達騎士科と違って魔導士科は体力無くたって良いんだよ!」


 途中で元気を取り戻したテオはアルに向かってツッコミを入れる。あるはというと、はいはいと軽く流し、懐からロープを取り出して先程の窃盗犯達を縛り始める。


 「あの、タカムラさん。これは一体……」

 「来た時にはこの状態だったぞ?どうやらあそこの男達から鞄を取り返してくれたみたいだな」

 「え、……ええっ!?」


 一拍おいて状況を理解したテオは慌ててアルに捲し立てる。


 「ダメだよアル!ちゃんと騎士の人を呼ばなくちゃ!」

 「テオが呼んでくれてるだろ」

 「確かに呼んでるけど」

 「なら問題ないよな」

 「大アリだよ!だって僕らまだ学生――許可証ライセンスを持ってないじゃないか!」


 許可証。確かにここにいる誰も騎士や魔導士でも無い学生だ。持っている筈もない。


 「……知ってるか?かの英雄ノルンは正式なライセンスを未だ持ってないって話」

 「……あのねぇ。史上最年少の英雄であらせられる【雷滅ヤールング】様と比べてどうすんのさ。目指すのは勝手だけど、そこまで強い訳じゃないでしょ君」

 「――もうやっちまった後だし、無事に終わったんだ、文句無いだろ。それに騎士団ラウンズに通報してるならさっさとした方が良くないか?」

 「確かにそろそろ急がないと始業式ガイダンス始まるかも……」

 「ぐぬぬぬ……っ!」


 リサの呟きに遺憾ながらも切り上げるテオ。一仕事終えたアルは二人の肩を叩き、小走りで裏街道の出口へ向かう。


 「ほら、急ごう。今からなら通報しても全然間に合うし」

 「言われなくても行くよ!」

 「おいテオ、余り急ぐと転ばないか?何なら背負うぞ」

 「心配しなくても大丈――フギッ!」

 「私も騎士科だ。遠慮なく頼ってくれ。知人として見過ごせない」

 「…………お願いします、タカムラさん」

 「全く、しょうがない奴だな」


 二人のやり取りを見て、アルフォードは隣を歩きながら腰に提げた鞘に目を落とす。

 透き通る白銀プラチナムシルバー|の剣と年季の入った蒼穹色の剣。三、四年程の使い込み具合で、多少外観に傷や凹みはある。しかし丁寧に手入れされており、愛用している事が見て取れる。

 その剣はある人物から託された借り物だ。今思えば、どうしてこんな贈り物したのか、全く見当もつかない。


 この剣を抜いたのはたった一度きり。


 その以来、抜く事は無かった――というより、抜けなかった。その剣と贈ってくれた人に認められるようになるまでは決して抜かない。誇り、信念、思い出。そういった溶け固まった当然あたりまえにその行為に至る考えはシャットアウトされる。


 その剣は既に今の彼たらしめる誓いであり、その証。彼の象徴ともいえる。


 「…………すこしは、近づけたかな」


 蒼穹の剣を撫でると、そんな言葉が漏れた。


  ――――


 「そういえばシュテルン王国から編入生が来るらしいな」


  諸々の報告を終わらせて、三人で学院の道を歩いているとリサが不意に話を振ってきた。


 「ああ、確かにそんな噂あったね」


  呼吸を整えて、リサの背中から解放されたテオもおもむろに頷く。


 「何だ、やけに上機嫌だな」


  ふと視線に入った彼女の表情が緩くなっているのに気付き、アルも表情を緩めて疑問を投げる。


  「そうか?……恥ずかしいな。実は昔、シュテルン王国に住んでいた事があってな。丁度、私と同室になる子の名前が昔の友人と同じなんだ。だからつい緩んだみたいだ」

 「へえ、珍しいね。あの秘匿主義の王梁国ヤマツがシュテルン王国に滞在させるなんて」

 「してたと言っても8歳までだ。その友人との思い出しか覚えてないが」

 「待て。どういう事だ?リサは監督生の部屋だったろ。相方のヘリオローズはどうしたんだ」


  肩を竦めて戯けて見せるリサの言葉にアルは首を傾げる。彼女は監督生の部屋なので副監督生をしていたヘリオローズ嬢と同じ二人部屋である。そこに一人増えてしまえば3人になり、一人抜けるという事になる。もっとも女子部屋の事情は知らないので、既に部屋移動しているかもしれないのだが。


 「彼女なら実家の都合でクレスト領のベルリオーズ学園に転校したって話だよ。元々去年にはその編入生が監督生としてタカムラさんの部屋に来る事は決まってたみたい。その子が【キリスティス】の監督生を申し受けするまでの期間はそのままタカムラさんがやってたんだって。だから、この春休みの間は一人だったそうだよ。監督生といってもアルは【シアナ】寮だし知らなくて当然だね」

 「あ、成程」

 「そういう訳で、これからは今日みたいに迷わず来れそうだ」

 「その編入生と一緒に迷いそうな気もするが」

 「気になるなら僕らが一緒に行けばいいでしょ」

 「確かに」


  他愛もない話に花咲かせていると、アナトリア学院の正門が見えてくる。既に殆どの学生が門を通っているのか、いつもより人が少ない。

  アナトリア学院。ここ学園都市アナトリア唯一の教育施設にして、デリス帝国最大の学び舎である。その広さは世界屈指であり、学院内は歩きでは迷う為定期便の馬車が設置されている。


 「アル、タカムラさん。あれが最後の馬車みたいですよ」

 「編入生、話してた友人だと良いな」

 「――まあ、それは会ってからの楽しみにしておこう」

 


  ――――


 「……なんだ?ザワついてるな」

 「何だ知らないのか?編入生が来るって前から噂になってたろ?」


  キリスティス寮の、同じ騎士科の生徒に声を掛けられる。確かアルベルだったか。


 「ああ、その事は知ってる。だがこの時期の編入生といえば一般教養科じゃないのか?」

 「それが、この騎士科クラスに来るってさっき先生が言ってたぞ。それでこの通りさ」

 「………………何だって?」


  目を細めてリサの方を見る。


 「本当なのか?」

 「……いや、監督生をやるとしか聞いていない。私も今初めて聞いたぞ」

 「え、タカムラさんも知らないのか?どうせもうすぐその編入生も来るだろうし、アルセイフ君も空いてる所で座りなよ」


  そう言い残し、さっさと座りに行ったアルベル。リサとも別れ、それぞれ定位置になる場所へ座る。

  編入生が編入する事自体は珍しい事ではない。現に年1、二回はある年もある位だ。しかし、同部屋であるリサが何も知らず、この余程の特待生でもなければ編入する事もない騎士科に来るというのは異様な空気さえ感じてしまう。

  (気のせい、て訳でも無さそうだ)

  異様なのは周りも感じているようで、ざわめきが収まる気配もない。いつもと同じ朝に、いつもと違う気配が迫る。これが良いか悪いか判断が出来る筈もなく、胸騒ぎだけが高まる。


「皆静かに。ほら、席に着け」


  5分程度続いたざわめきを扉が終わらせる。ようやく担任のジークムントが帰ってきた。

  余程慌てる事があったのか、表情が少し緊張しており、綺麗に束ねた髪が少し乱れている。


 「先生、編入生が来るんでしょ?何処の出身なんですか?」

 「流派はなんですかー?アルベイン流?それともファイナス流?」

 「あー、その事で始業式ガイダンス前に一つ話があるから取り敢えず聞け」


  アルを含め、教室内のざわめきが強くなるが、ジークムントは浮ついた空気を再度嗜め、一つ咳払いをする。そして神妙な顔持ちで生徒達を見渡しながら口を開く。


「もう知ってる者も多いが、本日をからこの騎士科編入になった者を紹介する。高学年ステージ3からの編入生は珍しいが、七年生として一年間共に知識と技術を磨く仲間だ。友好国シュテルン王国からの留学生でもある。大いに刺激を受け、切磋琢磨するように。――ではユーディットさん。入りなさい」

 「はい」


 隣国シュテルン王国からの編入生。留学生という狭き門を潜るという事はその生徒は男子生徒という事が脳裏をよぎる。しかし、リサの言う事を忘れてはいなかった。そう、という事を。


  「………………は?」


  恐らく、誰もが思っていた反応だろう。

  扉からゆっくりと、しかし堂々と入って来た人物を目にした瞬間誰もがその異様さに目を見開いた。


  「初めまして、私はアリカ・オーディン・フォン・ユーディット。家格は子爵で、得意魔術は雷属性。……ま、言いたい事は沢山あるだろうけど、これから同じ学友として、どうぞよろしく」


  、らしい。透き通る雪華のような銀髪と柔らかな乳白色の肌、整った鼻梁びりょうに透き通るような蒼穹の瞳は精巧な人形のように可愛らしい。

 しかし、鋭い眼光と無機質じみた表情が騎士科特有の軍服のような制服が男子生徒以上に似合う。中性的な印象すらあるが、腰から下のプリーツスカートがその人物を女生徒である事をありありと物語っている。


  「……それでは、そうだな――ああ。タカムラ君の隣が空いてるな。そこへ座りなさい」

  「はい」


  あたかも可怪しい事など何一つ無いとでも言うように、ジークムントの指示した席へ静かに歩き出し、腰を下ろした。隣の席によろしく、とだけ伝えて前へ向き直る。

  終止無言だった。この状況を誰もが呑み込めないでいた為だ。


  

  

  「「「えええええぇぇぇぇ――!!!」」」


  良くも悪くも騎士科全員の声が重なった貴重な瞬間だった。

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