冷酷な森

 暗い森、人を寄せ付けない位森。

 茨とは細い茂みの事を言う。森の行く先々で木々が複雑に絡みついて邪魔をする。だから茨。森をして茨と言わしめるこの森は、樹が茨なのだ。森全てが絡み合い、行く手を阻む。肉体も精神も、先へ進む事を拒み、当事者として震え、主導者として迷い、入口しかない座敷牢を回る事を選んでしまう。

『樹茨の森って、どういう事なの!?』

 双樹のこの言葉を聞いたのは現在か、それとも十年前なのか……

 曖昧なこの場所では分からない。

「そのままだ!この鶴賀神社の森は、千沢町の鶴賀神社の森と同じなんだ。直通してる」

「直通?繋がっているの!?」

「というか、一緒の森だ」

 勘違いは再会した日。奏は再会した日、どう言う訳か千鶴沢の方の鶴賀神社に居たのだ。

「まずおかしかったのは、古い地図の町の位置。方角とか位置とかかなり間違ってた。そりゃ、この森が入るの禁止の上、まともに測量出来ないんだから、仕方がない。でも樹茨町の位置が違うのはおかしい。ほぼ千鶴町と千沢町の間にあったんだ。平地の大きな町をそんな風居記載し違える訳はないよな?」

「そりゃ…ね」

 奏の頭にそれがどうしても引っ掛かっていた。

「その理由が、双樹のさっきの言葉で分かった」

「皇后崎町の事?」

「そう。やっぱ勘はいいな」

 双樹は段々と分かり始めている様子。ただ何故かムッとしていた。

「皇后崎ってのは、古い地図にも載っていたんだよ。今の樹茨町の所にな。だから、その近くに今の樹茨町も有る筈。でも名前が違っていたんだ」

「長い時間の中で、町の名前が変わるのは、よくある事ね。で、町の名前は?」

 そう。町の名前が変わる事は良く有る。不幸が有った、良い事が有った、町の名前を知る者が居なくなった、統合した、発展を願った。理由は様々。樹茨町もきっとそうなのだ。

 奏は双樹の問い掛けに確信を持って答えた。

「樹茨町の元の名前は『金原』。それがあの町の元々の名前だ」

 皇后崎のすぐ傍に在った町の名前だ。

「…根拠は?」

「昔、あの一帯はススキの原っぱで有名だったんだよ。黄金の原っぱ、金原。それがいつしか『キハラ』『キバラ』に訛って、似た字の『樹茨』の名を取ったんだろう」

「つまり『沢隠し』は、この『樹茨の森』を通る筈だった。いえ、私達はここを通って、千沢町に行ったのね?だから大人達を追い抜き、保護されるまで待つ事に成った」

 双樹の静かな言葉に、奏はゆっくりと頷いた。そして首を振る。

「でも、違うんだ。まぁ、鮮明な記憶程覚えている物だから、『千鶴沢→樹→千沢町』って行った筈の俺の記憶の順番がが『千鶴沢→千沢町→樹』になってたのは確かだろう。でも俺は『鈴を千沢町のお堂に入れて祭りが完了する』って事をこれっぽっちも知らなかった。だからきっと、十年前もそんな完了の仕方をしていないんだよ。記憶に全くないんだから」

 奏は真剣な顔になった。そこ…そこなのだ。要衝は。

「つまり…終わってない」

「ああ。浪漫でも何でもなく、本当に俺たちの時間は止まってたんだ。俺達は『沢隠し』を完遂していない。きっと途中で投げているなにが、夏啼きが起こった原因だ」

「……そんな」

 双樹は言葉を失った。要するに何処で終わっているのか分からない沢隠しの隠れた尻尾を見付けだし、再度取り行なわないといけない。

 それがどれだけ困難か想像に難くない。

「でも双樹、恐れなくていいんだ。どんなに困難な一端でも『俺達がやった結果』なんだ。誰でもない俺達だ。きっと…俺達だからこそ、成し遂げられる。投げ出された大切な物を拾い上げ、意味を介してやる事が出来る筈だ」

 今こそ十年前に止まった時間を動かすのだと、奏は決意を込めた。そんな奏の背中を見て、双樹はふと笑った。そして頷く。

「ええ。そうね。急ぎましょう。絶対に間に合わせて見せる」

「ああ。絶対だ」

 双樹も決意を同じとし、歩を速めるのであった。

 ……ただ、二人は本当の意味では理解してなかった。ここが何故迷いの森と呼ばれているのか。その恐ろしさ、その冷酷さを。

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