誤算
「も~!しっかりして!」
双樹は随分とお冠である。
「ぜぇ…ぜぇ…ちょ…たんま…」
怒りながら一心不乱に手を動かす双樹の隣で、奏は息絶え絶えである。
……………………………完全に忘れていたが、雨降る中の千鶴沢への山道は過酷だった。
「休んでないで、調べるよ!!」
奏が先導して道を作りながら進んだものの、かなりの時間を食ってしまった。なので少ない時間の中、双樹は必死に文献を調べ、奏に手伝えと鞭を打つ。
「分かった…俺は情報…を纏める。双樹は……調べててくれ…」
奏は疲れ切って、呼吸すらままならない。
双樹の壁になって風を防ぎ、けもの道を歩き続けていた。疲労は計り知れず、肺から内臓まで焼き尽くされる様な痛みもある。吸った暴風がまさか物理的に内臓をぶん殴る程の症状を出すなんて想定外だ。
「まず『沢隠し』。文献に拠ると『千鶴沢→樹茨町→千沢町』に鶴賀神社の鈴を移す事だ。その『沢隠し』に拠って、千鶴沢で起こっていた『夏啼き』は千沢町で起こる様になった」
双樹は聞いているのか聞いていないのか分からない。文献を読み漁っているが、特に奏を止める様子はない。
「これは本当に起こる場所が変わっている訳ではないと言うのが俺達の意見。とにかく言えるのは、実際に『夏啼き』が起こっているのが千沢町である事」
奏達が到着した千鶴沢では『夏啼き』の兆候はない。ただ西の山の向こうから微かに鶴の鳴き声が聞こえ始めている。
「雨娘曰く、今回『夏啼き』が起こるのは俺と双樹のせいだという。千沢町には千鶴沢出身は他にも沢山居るし、直接沢隠しに関わった人だって居る。俺と双樹が他の人と違う事ってのは一つだけ。十年前に『沢隠し』を『二人』でやった事だ。一つの解決策として、俺と双樹は先日『沢隠し』を行った。『千鶴沢→樹茨町→千沢町』と鈴を運び、千沢町の鶴賀神社に鈴を奉納した。これは間違いない祭りの作法なんだな?」
「少なくとも文献に載っている限りはこれで正しいし、ママに聞いても大体一緒の事を答えてくれた。他の千鶴沢出身に聞いても同じ。『夏啼き』や『沢隠し』の話とも合ってる」
「なら間違いないとしよう」
奏もかなにそれとなく聞いて見たが、似た感じの事を言っていた。ならばやっぱり問題点は一つ。あやふやな記憶の十年前。そこで間違いが起こったからこそ、この惨事に繋がって居る筈だ。
「十年前に俺と双樹がやった『沢隠し』に問題があるとしか考えられない」
「…そうよね」
双樹は文献を漁る手は止めないが、溜息を吐き、意識を奏へと向けた。千鶴沢にある文献は必要だが、やみくもに探していても仕方ない。やはり本には載ってない、二人しか『識らない』事が最も重要な手がかりだ。
………覚えてはないのだけれど。だが鈴を持ち出して運ぶなんて発想、小さな子供にあるとは思えない。必ず何かの文献を参考にした筈なのだ。
「だから、思い出そう。双樹。俺達にしか出来ない事だ」
「ええ。きっちりしっかりね。覚えている事、出し合いましょう。私達なら出来るわ」
双樹も頷き、別の文献を探す。出来れば昔、二人で覗いた本を見付けたい。勿論それは沢山有るが、小さな二人が行った事はきっと全くの余分のない単純明快な物だから。
「……双樹、これなんて見覚えないか?」
「どれ?」
奏は手元に有った本を見せる。そこには見た事ある様な図や狐の絵が描かれていた。
「ある気はするけどね……」
「ま、内容までは読んでないしな…」
「でもきっと『読んでないなりに読んだ』のよ」
「つまり今までは今の俺達の感覚で読んでたけど、昔の感覚で読んで記憶を呼び覚まさないといけない訳か……かなりきつそうだな」
「そうね」
二人の溜め息が示す通り、その作業はかなり困難に思えた。見付ける鍵は奏にあるのは確かだった。
なぜなら神の子・狐の子と言われた双樹は異常に頭がよく、当時からある程度の文字が読めた。だから様々な文献を参考にする事ができた筈なのだ。
しかし当然奏は殆ど字が読めなかった。直感的に気になる本を見付けては、双樹に読んで貰っていた。当時と同じ直感で、なんとか参考にした本を見付けるしかないのである。
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