沸騰

「結構良く分からない店も出ているな」

 京成はたこ焼きを頬張りながら見回した。神社にはあまり店が出ていないとの事だったので、奏達は道を一通り進む事にした。

 山に沿った道とは言え、道幅は十分広く店の数も多い。とは言え、地元密着型の祭りなので、かなり変わった店なども出ていたりする。

「基本素人が店出してるだけだからな。椅子並べて『喫茶店』とか、文化祭っぽいけど」

「ま、本職の祭屋さんが居ても嫌だけどな」

 奏はお好み焼きを食べながら、京成に並んで歩く。

「だが、本職の店は出店しているぞ。ほら、『毬猫』がある」

「本当だ。出張店舗って感じで良いな」

 奏は真夜の指さす方向を見て驚いた。『毬猫』とは真夜が愛顧している和菓子店である。他にも注意して見ると、千沢町に店を構えている人達が出店を出していたりする。

「暫くは食べ物いらないけどな」

「ああ。粉モンコンプリートしたしな」

「本当、考え無しだな。君達は」

 奏と京成は真夜が呆れるほどに食べていた。

「あの店何?変わってるね」

 と、沙希がとある店が気になった様子。奏と京成も興味を示した。

「ん?あれか」

「キツネスズ?なんだそれ」

 沙希の見付けた店は、赤い構えで店員さんは一人。店の前にはお土産屋さんの有る様な回転するキーホルダーの陳列棚が置いてあり、看板には大きく白い文字で『狐鈴』と書かれていた。どうも鈴を売っているらしい。

 大きい物から小さい物まで様々で、磨き上げられた鈴が紅白の注連縄みたいな物でストラップになっている。

「いらっしゃ~い。気軽に見て行ってね」

 奏達が近寄ると、店番のお姉さんが迎えてくれた。ハッピに捻じり鉢巻きとかなり祭仕様の人で、『姉御!』という雰囲気がある。

「確かに奇麗な鈴だけど、普通の鈴と何か違うの?」

 奏が店のお姉さんに尋ねた。が、お姉さんが答えるより先に真夜が教えてくれる。

「皇后崎の辺りだったかな?鈴に狐が宿るって言い伝えがあるんだよ」

「狐が…だから孤鈴なのか」

「お!お嬢ちゃん、良く知ってるね」

 奏は成程と唸り、店員のお姉さんは真夜を褒めた。

「ついでに買わないかい?狐は異性を誘惑する。好きな子に贈ると、好き合えるんだ」

「え~、本当?買う、買う」

「俺も欲しいぜ!取りあえず三個下さい」

「毎度あり」

 その誘い文句はとてもとても単純かつ明快過ぎて、元気な沙希と京成があっさり釣れた。

「お兄さんはいらないのかい?」

「俺は…どうしようかなぁ…」

 尋ねられた奏は歯切れ悪くディスプレイされた鈴を弄る。興味は有るが、買ったところで、どすうれば良いのか分からない。なので、ず~~~と黙っていた双樹に振る。

「双樹は、要らないのか?」

 機嫌が悪い理由は分からないが、このままぶんむくれているのは良くないと思った訳だ。

「…要らないわよ」

「そ…そうか……」

 しかし、かなり力強く拒否される。さすがにこれは駄目だろと奏は少し叱った。

「何怒ってるんだよ」

 これではお祭りの雰囲気が壊れてよろしくない。皆にも、双樹にもだ。けれども、奏の自分勝手の気遣いは、不機嫌に油を注ぐ結果にしか成らなかったらしい。

「何を…怒っているか…ですって?」

「お…おう。そうだよ。皆気になるじゃないか」

「皆?気になる?本当に言ってるの、それ」

 本当の本当に双樹の心の琴線に触れてしまったらしい。双樹は不機嫌ではなく怒りを張り付けて、奏に詰め寄った。

「何で嘘言う必要が有るんだよ?」

「必要とかそんな話をしたいんじゃないの。奏くんには分からないのね」

「はぁ?何が言いたいんだ?」

「自分で考えなさいよ」

「はいはいはい!そこまで、そこまで!」

 過剰な熱にやられている事を感じ取った京成は、2人の間に慌てて割って入る。

「そんな喧喧しなさんな、二人とも~」

「ふん!突っかかってきたのは、奏くんでしょ」

 気を削がれた双樹は、そっぽを向いてしまった。それが奏をカチンとさせる。

「俺からって、あのなぁ双「ま~まぁ!待て、待て、奏。気を確かに」

 双樹に文句を垂れようとした奏は、京成に宥められた。

「気を使って喋り掛けたお前が、キレてどうする?本末転倒だろうが」

「……ちっ」

 まだ文句は燻っていたが、双樹が黙った以上、奏が突っ掛かる事もおかしかった。

「別にキレてないけどさ」

「分かってるって」

 奏はどうにも処理出来そうにない。燃え上がりも出来ない感情は、複雑に絡む感情の一端が琴線に触れ、ガチャガチャと神経を弄くる。奏は自分が悪いとは思えなかった。

「ま、ま、双樹ちゃんも楽しくしようよ。ほら、あそこに面白そうな物があるぜ!」

「………」

 京成は今度は双樹を宥める。双樹に寄り添い、一つの店を指差した。

(ったく、どうにかしてるかな?今何か、とてもムカついて……そう、そして同時に寂しい?思いをしたのだ。まるで待ち合わせの場所に誰も居なかったかの様なそんな気持ち。

 ……どんな気持ちだ?というか理由が分からない)

 奏は自分の信条が理解出来ず、考え込む。

「……」

 そんな奏の辛そうな顔を、横目で確認したからだろう、双樹は勘違いの溜め息。視線を京成の方に向けた。

「…どれ?」

 短く、不機嫌な答え。しかし珍しく京成に向けられた言葉だ。誘いに乗った双樹に雪解けを感じた京成は、ここぞとばかりにテンションを上げる。

「あれあれ。『お化け屋敷』だって。まぁしょっぱい物っぽいけど、でも!二人一組でお入り下さい、だってさ!双樹ちゃん俺とペアで入ろうぜ~」

 京成の指す物は、お化け屋敷であった。急拵えの小屋に、ベニヤの壁を貼り付けただけの物。正直文化祭レベルの出来で怖さなど期待できなかったが、不出来を誤魔化すスパイスとして『カップル限定』の文字が躍っている。

 双樹は非常に面倒そうだ。しかし一度髪先を弄ると、諦めた様。さっさとお化け屋敷の方へ歩き出した。いくら双樹でも、祭りを台無しにはしたくないと見える。

「…そうね。いいわよ。行きましょうか」

「お~、マジで~。楽しみだね~」

(あ?)

 ピキリと―余分な音、景色、全てが消えた。視界は白に絞られ、段々と近付いて来る双樹だけに成る。つまり見た目を幾ら繕っても、心臓のオーバーロードは本人でも気付かない水面下で起こっていたらしい。今この瞬間……奏の何かが切れた。

「行こう行こう!双樹ちゃんノリ良いね~」

「まぁ……ね」

 ――だから楽しそうな二人の背中を見て、意識が飛んだ。

 祭り囃子も、雑踏のざわめきも、出店の食べ物を焼く香ばしい音も。全て消えた。聞こえない。頭に来た。足の下か、臓腑の内からか?真っ黒い心臓剥き出しの蟲がワラワラ湧いて出て来てとても五月蠅い。ザワザワする。蟲に噛み付かれた所は直接心音をブチ込まれた様で、体の何処にも鼓動が在って気持ちが悪い。吐き気と怖気と目眩と怒り。無知も蒙昧も軽挙も妄動も幾条もの真白な刃に、内側より刺し貫かれた頭では到底許せない。自分の勝手さと、相手の勝手さと、罪と罰を計れば、天秤が微動だにしないのがムカついた。すれ違いの根源にやっと気が付いた。致命傷。脳味噌の何処かが穿たれていた。死んでいる。だから、残念だ。そんな事が起きているのなら、まともな思考が出来る訳がない。雷で撃たれた様に足は跳ね上がり、地面から嫌われた偽物の翼を打ちこまれた。内臓の中にドス黒い感情が溜り、内が死ぬ。体の奥底が鉛の様に重く、急性の貧血になったかの様に視界が白く歪み、吐き気がした。やたらめったら目が良く成った気がする。やたらめったら視野が狭く成った気がする。どうやら雰囲気を出す為にか、お化け屋敷は二人一組で入るらしい。作りがちゃちいのを、そんな色恋ノリの浅ましさで乗り切ろうと言うのか?

 ―浅ましったらありゃしない。

 しかし、それがルールなのだから仕方ない。だから京成は間違って居ない。二人ずつカップルで入るのなら、そのまま京成が双樹と入るのが自然だ。でもアイツなんで仲良く並んでお化け屋敷に行くんだよ?なんで双樹は全く違う異次元の思考を示しているんだよ?

 ――全く!本当にもう全く!!

 気が付くと、奏は既に一歩を踏み出していた。

 双樹も断れよ!!!!

「っ!!」

 双樹との違和感の原因が全て分かったのだ。

(アイツ何にも理解してないんじゃないか!)

「ん?奏くん?」

 ズンズンと歩いていく奏にびっくりして、沙希は奏に声を掛けた。が、そんな物に構っている暇はない。奏はそのまま双樹と京成の間に割って入る。

「うわ!?…奏?」

「な、何?」

 いきなり間に入られて、二人は不思議そうな目。が、何と問われても知らない。何かを考えていた訳でない。なので一瞬だけ言い訳を考えて、

「なんでもないよ」

「ちょっと!奏くん!?」

 誤魔化す事もないと双樹の腕を掴んでいた。途端、浴衣の薄い生地を通して、双樹の冷たい肌がジワリと沁みる。皆の驚いた顔と、出店のお姉さんの口笛がとても印象に残った。

「鈴!持って行くんだろ」

「え?あ、うん」

 ブワリと冷たくなって行く体とは裏腹に、言葉は強く出た。いや、機能が凍結したから加減の仕方を忘れたらしい。

 奏は思った以上に双樹の腕を強く握ってしまって焦り、双樹はと言うと、強く握られた手の理解が追い付かず、ポカンとしたまま首を縦に振る。奏は双樹が了承するかしないかの内に歩き出した。

 夏の夜は蒸し熱い。奏の不機嫌の理由に思い至らないのは本人ばかり。

「ぁぁ……もぅ…」

 そうこうする内に、奏のおかしさの理由に双樹の理解が追い付いた。顔の熱さを自覚してしまった双樹は、努めて顔を上げない様に奏に引っ張られるまま。

 きっと奏だって思考が茹ってしまった原因なんて分かっているだろう。二人の温度が同じ過ぎて、握った掌のどっちが熱いかも分からなくなってしまっていたのだから。

「え…え~と……」

「おやおや。何も世話を焼く必要なんてなかった訳だな」

「ちぇ~……仲良いね。あの二人」

 二人の後ろで三様の反応。奏は手を伝って感じる沈黙の鼓動の熱さより、背に受ける皆の沈黙が気恥かしかった。激流する血潮の音に満ちる耳の熱さで半ば泣きそうであり、同時にそんな風に考える自分だけが冷静だなと、自認出来ない爆発の残滓に前後不覚に陥る。

(ああ、もう!俺は馬鹿なのだろうか……)

 今が冬だったら良かったのにと、熱い顔で八つ当たりをしたのだった。

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