諦め
ズンズンズンズンと人混みを突っ切り、ガンガンガンガンと階段を上がり、ズカズカズカズカと境内を進む。
二人は何を話し合う事もなく、本堂の裏まで来てしまっていた。本堂の裏は用具置き場になっているらしく、物は散乱していたが人影は居ない。
「ねぇ、なんなの?」
双樹は奏が立ち止まったのを確認して、初めて声を出した。双樹の声はなんだか血が通い、心臓に合わせてドキドキと鼓動しているみたいだった。
「…だから、その鈴を何かするんだろ?早くしないと」
いや、おかしいのは奏の耳か頭だったかもしれない。どうしていいか分からず、つまらない事を言ってしまう。此処に至っても尚情けない自分をぶん殴りたくなった。
「そう…そうよね」
なんだか双樹は上の空。奏はますます自分が殴りたく成った。しょうもないったら、ありゃしない。此処に来てこれはないだろう。
勿論このすれ違いの一端を作った双樹も酷いのである。だから奏は怒っているし、熱い感情だけに支配された今も、感情が良く似た怒りの残滓と自身を混濁している感じ。
(本当、双樹は分かってないよ……)
自分が何の為に、受験なんて人生の分岐点に積極的に挑んだか?中学生最後の大事な夏休みを勉強に空費しているのか?毎日毎日朝早くから遠い町まで通っているのか?テストの結果に必死になって睡眠時間を削ってまで駆けずるのか?
奏は、その理由が双樹には伝わっていると思っていた。だから今日のこの日、双樹がなんで怒っているのか分からなかったし、分かる気もないと意地になっていた。意地を張れる程度の簡単な事だと思っていたのだ。
でも、違った。だからもう負けた。白旗。奏は全面降伏する事に決めた。意地とか矜持とかもうどうでも良いんだと思ったから、今此処に至った。さっき単純に、奏は京成に嫉妬したのだから。京成に塩らしく付いていく双樹に、心臓を引き裂かれたのだ。
だから、誰にも渡したくなかった。決してきれいではない、未熟な執着心。だから…足りなかったのだと気が付いた。双樹が分かってないのではない。奏の勝手な願望だ。伝えてないのだから伝わってなくて当然。そもそも双樹が臆病な人間だと、奏は誰よりも知っている筈だ。それが馬鹿みたいなすれ違いの原因。要するに奏の片手落ちだ。
「双樹。あのな…」
「…うん」
これ以上ない位異常に擦り寄らなければ、異常は成就しないのだと思い知った。だから、しつこい位伝えようと思った。無論既にしつこい位態度で示していたつもりだったが、双樹には当たり前過ぎたのだと思い至った。
やっと…やっと過ぎるだろ?
京成に嫉妬した自分に『ようやく分かったのか馬鹿野郎』と笑われているみたいだった。
「そうだな……俺は馬鹿だからな」
「………うん」
塩らしく懸命に待ってくれている双樹が珍しくて、いじましくて、可愛かった。呑み込んだ生唾が茨の様に引っ掛かる。全身の筋肉を引き抜かれた様に冷たかった体は、とっくに過熱状態。心臓の音がうるさい。顔が熱い。手の熱、心臓の動悸、その全てが双樹に聞こえているのではないかと、怖くて仕方がない。
でも、いいんだ。丁度いい機会だ。あの日の約束を『また会おうね』なんて曖昧な覚え方しかしていない双樹に怒り。自分の恥ずかしい気持ちを見せ付けてやれと思ったのだ。
「あのさ、俺…」
「…うん」
だから奏は口を開く。それを双樹は、茶々も入れずに待っていた。
鼓動を合わせ、想いを重ね。言うなと怯える防衛本能を麻痺させる。
『言うんだ!』という決意のままに奏は双樹を見詰め――
バッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「俺、双樹の事が…のわあああああああ!?」「きゃあああああああああ!?何よこれ」
―――突如の大雨に消し飛ばされ、叩き落とされたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます