夏祭り

 夏の夜は短く、静けさは狭間へ。

 明昼に追いやられて存在を喰われていく闇夜は、冬の夜空の様に頑強なる黒さ深さを持たず、ただ存在の軽さと昼と混じる柔らかさを持つ。

 それ故に親しみ深く、侵し易い。夏の夜は快適な訳ではない。昼の暑さが引き摺られ、重き湿気が纏わり付く。

 押し込む腕の様に、引き上げる羽の様に。でもだから人は夏の夜に集うのだろう。

 集まり、騒ぎ、語らい、笑い合う。

 火に集まる虫の様に、遊覧胡蝶。集まる人が更に人を呼び寄せ、群となり、秩序を呑み込み、そして祭りとなっていく。

 儀式とか、神事とか、お払いとか、そんな事情は後回し。由来とか、到来とか、存続の理由とかは後付けで。祭りを楽しめ、楽しめないヤツは、神妙に騒ぐ理由を考えろ。

 そんな心粋こそが、日本の心。千の沢の悲喜交々を内包するこの千沢町の祭りに、特定の狡すっからい理由などない。騒ぐに理屈など到底ない。

 鶴賀神社という集まる場所があり、そこに続く道も空いている。だから店を出す。だから皆で楽しむ。だから来年もやる。それだけだ。

「お~、いるいる」

 祭りの喧騒が聞こえ始めたとあるスーパーの前に、お目当ての女性陣が居た。何とも華やかな三人娘を見付け、奏と京成は手を振る。

「よ~。ばんはばんは」

「京成か。こっちだ、こっち」

 京成を見付け、三人の内の一人が手を振り返した。

 背が高い女の子で、黒い髪を編みこんで上げている。真夜であった。

「お~、お前だったのか。京成が呼ぶって言ってたの」

「はははは、京成が私以外を呼べる訳もなかろう」

「うるせー!」

 今回の夏祭りは鶴賀神社と、そこに続く道に出店が出される。時期は沢隠しに合わせているが、別に沢隠しではない。新しい千沢町独特、若しくは鶴賀神社のお祭りだと言う形。

「奏も久しぶりだな。と言っても、終業式以来だが」

「久しぶり、真夜。講習を頑張り過ぎて、終業式が去年みたいな感覚だよ」

「はっはっは、充実しておるな」

 揶揄われた京成はなんだよと拗ねたが、直ぐにそれはどうでも良くなったらしい。

「こんにちは。思ったより大人数ね」

「お~!双樹ちゃん、浴衣可愛いね~」

 真夜の後ろに双樹を見付け、掲載が話しかける。

 双樹はなにやら不機嫌であるが、ピンク地に沙羅双樹の描かれた浴衣が可愛らしい。可愛らしいのだが……なにやら素晴らしい装いに合わない恰好をしていた。

「双樹、何でリュックなんか背負ってるの?」

「そうだよ~。なんなら俺が持つぜ!」

 なぜか双樹は浴衣に野暮ったいリュックを背負っていた。普通浴衣姿で持つとしたら小さなトートバックとかだろう。

「いらないわよ。そんな気遣い」

「ぐは」

 キラン、と歯を見せて笑う京成の申し出を断ると、双樹は奏の腹にリュックを押し付けた。ワザとらしく痛がる奏は腹にシャランと音を感じ、リュックの中身に思い至った。

「ああ、これ神社の鈴か」

「そうよ。大事にして。あと雨が降っても良い様に、服も入ってるから着ないでよ」

「着るか!!てか雨?」

「小さな台風が近付いてるの。明後日最接近だけど、雨は来るかも知れないでしょ」

「なるほど、だからお前は夏啼きが台風だって思ったんだな」

「そうよ」

 双樹はそれだけ伝えると、言葉を切ってしまう。やっぱり機嫌が悪い様だ。

「双樹は、人数が思ったより多いからご機嫌斜めみたい」

 双樹の隣の人物からフォローが入った。沙希である。今日夏祭りがあるから早退するか迷っていると層が言うと、来たいと言い出したのだ。因みに沙希は奏と午後まで授業を受けていたので、私服のままである。

「人数?賑やかでいいじゃないか?」

 沙希の説明に奏は首を傾げる。

 確かに双樹は人嫌いだが、そこでの不機嫌はニュートラルの不機嫌で有り、今みたいな誰が見ても分かる不機嫌ではない。

「いや、俺も人数に関しては説明して欲しい。あの娘、誰だ?」

「ああ、初顔合わせだったな」

 そんな奏の脇腹をつつく者が居る。京成だった。

「この子は沙希。講習で隣の席なんだよ」

「ね~。お隣、お隣」

「なっ!?」

 沙希は何だか楽しそうで、紹介を受けた京成は鈍器で殴られた様な表情。

「真面目に勉強してると信じていたのに!お前は講習に女を作りに行ってるのか!」

「…意味分からん」

「意味分からんのは、お前だ!くっそ!羨ましい」

 握り拳をわなわなと震わせ、奏に噛み付いた。弁明をしようと沙希を見ると、イヤンとふざけているし、何故か双樹はうんうんと大きく頷いていた。

「……ま、いっか。行こうぜ」

「ああ。楽しい夜になりそうだ」

「いや!行く前に奏は申し開きをすべきだ」

「しねえ!絶対しねえ!」

 姦しい彼らと対照的に風はビュウと一つ吹いた。

 風は静かで、この喧騒を吹き飛ばす程度の無粋さだって持ってやしなかった。

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