カイケツの道
奏達は千鶴沢外れの森を進んでいた。調べるだけ調べたので人里に戻る所だ。
「何入ってるんだ?それ」
奏は山道を拓きながら、双樹のリュックを指した。双樹は鞄から勉強道具を取り出して奏に預け、代わりに何かを入れている様子。
「神社の鈴。雨娘は祭りを続けろって言ったでしょ?この鐘を使って沢隠しをするのよ」
「成程……十年前、確かにそれと同じ鐘持ち出して千沢に行ったよな」
どうにも罰当たりな気がしてならない。十年前も恐ろしい事やったなと自分に呆れた。
双樹の家は神社であり、また沢隠しで鈴が大事である為、鐘のスペアが沢山あった。なので十年前、奏達はその一つを持ち出して、沢隠しの真似事をした。
何か特別な事を二人ですれば、二人は特別に成れると信じて。
「私達が千沢から帰れなくなったから、千鶴では大騒ぎだったらしいしね」
奏の後ろを歩きながら、双樹は笑う。双樹は笑うが、当時千鶴沢では大事な子供二人が居なくなったと大騒ぎだったらしい。しかも狐の子双樹と祇蔵の跡取りだ。奏も詳しい事は覚えていないが、かなに怒られたのは覚えている。怒られたし……少し褒められた。
「てか正直今だって、バスなくなったら大変だぜ?帰れない。野宿もワンチャンあるぜ」
「……それは嫌ね」
「その鈴で沢隠しをすれば、どうにかなるかな?」
「どうにかなるんじゃない?この鐘を千沢町の鶴賀神社に届けておしまい。それで沢隠し完了よ。幸い明日は夏祭りだしね」
「そうか…なら安心だな」
双樹は何て事ないと自信を持っているが、奏は胸のどこかにざわつきを覚えた。
―奏達は昔一度沢隠しを行った。
―しかし、それは遊びの様な物で不完全だった。
―そのせいで夏啼きが起きようとしているらしい。
―夏啼きを止めるには、しっかりと沢隠しをすれば良い。
―沢隠しは千鶴沢の鶴賀神社から千沢町の鶴賀神社へ神社の鈴を持っていく事。
それが双樹の出した雨娘への解答。
(双樹の解決方法でいいと思う……胸のつっかえは自分で答えを出したいって見栄かな)
奏のバックには杞憂を消す為の重さがある。双樹の家から、夏啼きに関する書物を適当に拝借してきたのだ。今晩はこの本を調べて、双樹の考えが正しい事に安心したい。
「安心…ねぇ。私はバスに間に合うかが不安よ。こんな森深い山で一夜を明かしたくない」
双樹は半ば冗談、半ば本気。人工のない森は相当暗く、木漏れ日さえも見えない。もしこれで太陽が沈めば、間違いなく死ぬ。一切の視界の効かない原初の森は人の領分ではないのだ。今は夏なので凍死はないだろうが、熊、野犬、猪etc死ぬ為の要素は十分だ。
「急ごうぜ!また迷子になったら洒落にならない」
奏は歩幅を広げ、スピードを上げた。
「ねぇ、鞄持ってよ。背負い難い」
「いやだ。自分で持ちな。俺は地面を固めて、枝を払って道を作らないといけないんだ」
「紳士じゃないわね」
「ははは。田舎育ちなもんで。泥臭い人間でさ」
「繋がりがないわね。だいたい奏くんの顔の高さの枝払っても、私は高さ的に関係ないし」
「そうだな。双樹はもうちょい育って欲しいよな…」
「私だけ成長したって、奏くん置いてけぼりでしょ。情けとしての猶予なんだから」
「へいへい。精進しますよ」
楽しそうな会話で不安を掻き消し、二人は我が家まで急ぐのだった。
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