バスは遅く
バスが揺れるにつれ、ガタガタゴトゴトと振動が伝わってくる。古びた椅子には大したクッション性は無く、お尻の直ぐ下に道路を感じた。
「……」
「……」
木々に覆われ、まだ日中だというのに暗い山道。静音と言う名の無音に包まれる。
舗装された道と言えど、そもアスファルトの下の地面が穏やかではなく、落下物も多いので荒れ易い。道はバスを揺らし、バス内部は乗客二人を象徴するかの荒れ模様だった。千沢町から樹茨町までの二時間。思う以上に体力気力を使わせる。
道が荒れているからバスが遅い、なんて事はないだろうが、この沈黙を運ぶこのバスは妙にとろい気がしたもんだ。
「…双樹。何怒ってるのさ?」
奏は何度目になるか分からない質問を投げかけた。
双樹は昼以降、口もきいてくれなかった。いや、放課後直ぐに教室に来て、沙希にノートを借りようとした奏を引っ張っていく時に何か言っていたか?
「……」
問われた双樹は、何度目かになる沈黙。怒られるにしろ、怒鳴られるにしろ、何か動いて貰わない事には精神衛生上悪い。動物は停止出来ない生き物なのだ。
「あのなぁ…」
だからそろそろ限界。奏はガラガラのバスの中、離れた席に座る双樹に語り掛ける。
「謝っても許して貰えないってのは、俺が悪い訳じゃないからかな?」
流石に本意の謝罪でも、無視し続けられるのは堪える。この沈黙が永遠に続くかとうんざりしかけていた奏は、しかし意外に返って来た双樹の反応に驚かされた。
「……そうよ」
双樹は久しぶりに声を出してくれた。ただ、その受け答えは酷くメンドクサイ。奏は少しうっ、と息を呑むが、これを逃してはどうしようもない。
「そうかい?ソウちゃんが悪いの?」
「ソウちゃんって呼ぶな」
「へいへい。悪かったよ」
双樹は機嫌が悪いと言うか、怒っていると言うか、悲しんでいると言うか……。
「そうよ…悪いのよ。悪いんだ」
何と言うか、自分でも自分の感情が理解出来ていない感じであった。
「……」
「あ~……」
奏の投げやりに、双樹は落ち込んでしまった。自分を責め、背中を丸めてしまう。
(しまったな…折角沈黙をなくすチャンスだったのに)
奏は落ち込む双樹に、即座に慰めの言葉をあげられなかった自分が情けなかった。
(仕方ないか。意気地無しは嫌だからな)
奏は生温いであろう息を吐いた。そして謝罪ではないが、心を込めた言葉の贈る。
「あのさ、双「悪いのは、私なのよ。ううん。悪くない。情けないだけ」
が、双樹はとっても自己嫌悪。思い詰めていると言うか、自分を責めているっぽい。この双樹は、転校当初の双樹に似ていた。なんにせよ、気に入らない。
「あのさ、双樹よ」
「…なに?」
奏は双樹の懺悔を切った。
このまま双樹の告解を聞き続けるのは、正直無理。奏は頑強な神父でも地蔵石でもないし、動かぬ絵画でも彫刻でもない。
双樹が何を考え、何を怒り、何を欲しているのかが分からなかったから、ただ自分的な気持ち悪さを勝手に吐き出した。
「夏祭り、行こうぜ?京成は誘ってたけたど、答え言ってないだろ?だから俺が聞くから、俺に答えを聞かせてくれ」
それは言いそびれていた言葉。聞きそびれていた言葉。何と言うか、双樹を遊びに誘ったのは始めての気がしたので、聞いてから少しドキドキした。
「え…」
「え?って、何さ」
奏の質問で変な雰囲気は止まった。代わりに双樹の驚いた顔に出会う。
奏自身、正直夏祭りの事を決めていないのが双樹の怒りの根本原因とは思っていなかったが、少し男らしさを見せる位いいだろう?程度に考えていた。
「そんな事…そんな事…ってね…」
奏の言葉に双樹は黙り、下を向いた。そして何かを呟きながら肩を震わせ始めた。
奏はその反応が意外で、ぎょっとした。自分が悪い事したのかと、慌ててしまう。
「ど、どうした双樹?」
「どうしたもない!」
けれども双樹は直ぐに立ち上がり、奏の方を向き直す。そして烈火の如く捲し立てた。
「行くわよ!馬鹿!奏くんは、私がそんな事で怒ってると思ってたの?ふざけないで!馬鹿にしてる?してるよね?馬鹿ぁ!今、全然関係ないでしょそれ!」
「え?いや、だって…ごめんなさい……」
まるでお腹の空いた恐竜の様な怒濤。予想外の文句ラッシュに奏はたじろいだ。申し開きしようとも思ったが、良く考えたらそんな材料持ってなかった。
「ごめんって、失礼しちゃうわ!私をどれだけメンドクサイ女だと思っているのよ」
それが更にお気に召さなかった様子。今度はさっきとは違う意味の針の筵である。
「いや、むしろ思った以上に面倒くさいのだと言う事が…」
「なに!?」
「いえ!別に何でもないぜ!」
さっきまでが無音、無意識、無力を前にする沈黙で在るとすれば、今は暴風に耐える小人の沈黙。シシュポスの苦心から、白雪姫のご機嫌を取る苦労に転進した様だ。
「あの~…なんか知らないけど、ごめん」
「ふん!」
そうして降りてしまった沈黙はさっきよりも手強く。
「双「知らないわよ!」あ~~…」
その日一日は、意味のある言葉を返して貰える事はないのだった。
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