神話
曰く、天上に好奇心旺盛な神が居たらしい。
神様は旅をしていて、ある時不思議な形の山に興味を持った。何でもその山にはずっと雨が降り続いていたとか。
とてもとても高い山で、美しい山。山肌を洗い続ける雨はベールみたいで、磨かれた地面はやわ肌の様だったという。興味も旅の疲れも有った神様は山に腰掛けて手を洗い、休息を取った。じゃあじゃあじゃあと鳴る雨は楽器みたいで、大層神様の心を楽しませたとか。
不思議な雨の連綿はずっと続き、山を光らせた。山と雨しかないこの場所で、音も、空気も。輝きさえも悲しく寂しく。しかし凄絶な光景の中で山は優しくも有ったらしい。それで神様は喜び、暫く此処に居ようと思った。降り続く雲の上に登り、山を眺めていた。
神様も孤独だったのだ。人間が好きで、自然を美しいと思い、けれどもずっと一人だった。と、そこで神様は有る事に気が着いた。雲の下、山の麓に沢山の人間が居る事に。この雨の中、何を熱心にやっているのかと神様は気に成った。
そして、其れが運の尽き。神様は雲の縁から身を乗り出して下を覗いたが、降り続く雨で雲は濡れており、とても滑り易くなっていた。
だから神様は――
――つるんと、
山の下へと落っこちた。ヒュウヒュウ音を立てて落下し、ドカンと音を立てて山を砕いた。それで地面は窪んでしまい、千沢の地には雨が溜まった。
それで湖になり、人々は恐れてしまった。これはいけないと神様は一本の木を植えた。その木は成長し、水を吸い上げ、雲まで吸って、雨は降らなくなった。
だから水は消え、千沢は盆地としてその姿を残す事になったという。因みにその木は今も千沢の地の何処かに在り、神様を天上に帰す為に目下成長中との事。その根っこや枝葉の一部が、迷いの森として姿を現したそうだ。
それが京成の語ってくれた、とある不注意な神様の話だった。
「それちょっと違うわよ」
「え~、マジ?と言うか、神話に違うとかあるの?」
次の日の昼休み。京成から聞いた話を双樹にしたら、にべもなく否定された。取って置きのネタが不発で、奏は双樹にぶー垂れる。
「違うの。って、今はそんな話をしている場合じゃないでしょ」
「はいはい。ちぇ、笑うと思ったんだけどな」
奏は双樹に怒られ、参考書に目を戻した。今現在二人は図書館で勉強中である。と言うか、正確には奏が双樹に勉強を見て貰っている所。と、言うのも奏には差し迫った問題が出来てしまったのだ。
『頼みが有るんだ、やりたい事が出来た。だから夏期講習に通わせてくれ』
『よし分かった。ただし条件が有るよ』
昨日の奏が母親に決意の結果の話をしたら、経緯を聞く前に承諾された。で、その時に出された条件が、『夏休み前テストで納得できるような点を取って来な』という物であった。
「勉強で見返りを求めるなんて不純だ~」
夏休み前テストまで三日だが、その為に一生懸命勉強中だ。
「受験は見返りの究極でしょ。システムに浸かろうって人が文句を言わない」
やらされる勉強が好きではない奏は、さっきから文句タラタラ。なのだが、双樹はその悉くを退ける。双樹の全部は正論で、隙がなく、遊びが無さ過ぎて茶化す島がない。
「大体何かを得る為に努力をするのなんて、当たり前じゃない。それにケチを付けるなんて、暇な老害のする事よ」
「……分かった、やる!」
奏は諦め、机に向かい直した。自分が馬鹿な文句を言っているのは承知の上だし、双樹が完膚なきまでに屁理屈を打ち砕いてくれるのは有難い事だと理解している。
「分かったら、さっさと問題を解く」
「だから心構えは分かったけど、この問題は分からないんだってば」
「分かる。だからやりなさい」
ただ、どうにも双樹はスパルタだ。
文句を言う余分は削ぎ落したが、悲鳴を上げる事はまだまだ続きそう。
ただ奏としても現実に立ち向かう覚悟が出来た訳ではない。けれども勉強に取り組む覚悟位は出来た。と、この時は本気で信じた物だった。
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