町案内
時は流れて時刻は夕方。七月終わりの暑さは和らぐ事もなく、八月に向けて何かを焚いている様。放課後になり、今度は奏達が双樹に町案内をしていた。
奏達は千沢町でも外れの方に居り、辺りに広がるのは田園風景と剥き出しの地面ばかり。
「そういや、ああいう押し付けは勘弁してくれよ?」
町案内も終わりに近付き、奏は双樹に放課後の事を怒った。
お人形さんみたいな見た目で、かつ男子にも物怖じしない双樹は、女子にも人気だった。延々と囲まれていたのだが、いい加減嫌になったらしい双樹は、その子らを放って、とっとと奏達に着いてきたのである。その為奏達は、双樹に町案内をしたがる女子達を、説得する羽目になった。
「そうは言ってもあれだけの人数に、囲まれては大変だろう。奏に厄介事を押しつけてでも逃げ出したくなる。というより君は、もっと早い段階で双樹を助けられなかったのかい?」
「ま、双樹ちゃんは俺と帰りたかった訳だよ。真夜と奏はおまけ」
で、そんな奏の説教に答えたのは、双樹ではなく真夜と京成だった。
真夜は京成の幼馴染の女の子で、奏とも仲が良い。背が高く大人びていて人気が高い。双樹が沢山の世話焼きから逃げられたのは、真夜が女子達を上手くあしらってくれたからである。
「はいはい、俺が悪うござんしたよ」
「く……無視はねーだろ。俺に惚れてるよって、大事な指摘なのに」
「どうした京成。顔が怖いし、頭が悪いぞ?」
「うるせえぞ、奏」
真夜に怒られた奏は、京成を適当にあしらいながら謝った。
「懐かしいか?双樹」
「へ?」
そして不機嫌そうな顔で視線を彷徨わせていた双樹に声を掛けた。のだが、幼馴染さんは、突然何を言い出すんだろうという顔。
「だからこの町は懐かしいか、って聞いてるんだ」
奏はわざとらしく不思議そうな顔をする。それで双樹は、嫌味だと気が付いたらしい。
「あのね、私は此処に住んでた事ないでしょ」
「あ~、そりゃそうだ。で、初の町案内はどうだい?」
「案内って、プラプラ歩いてるだけじゃない。どこの説明もないし、感想もないわよ」
「だって説明出来る様な建物ないもんよ~。仕方ないだろ?都会じゃないんだから」
奏はほら、と回りを示した。成程確かに回りは田んぼばかりで説明の必要な造形物はない。だからと言って、田んぼにどんな虫が着くかの説明をされても困るだろう。
「だからこういう所じゃなくて、もっと人の集まる所を通ってよ」
「おお!そんな手が有ったか。悪い悪い」
「…何?喧嘩売ってるの?棘の有る言い方ね」
物言いに双樹はカチンと来たらしく、無表情で奏に詰め寄った。そんな双樹を前に奏は、『相変わらず分かり辛い怒り方をするな』と、どこか懐かしく感じながら詰め寄り返す。
「有るさ。帰って来るなら来るって言えば良いだろ?連絡も無しにさ」
そう。まだ文句言ってなかったが、奏だって双樹といきなり再会して驚いているのだ。連絡手段がない事はこの際置いて於いて、不満を甚大に膨れさせて双樹に投げ付けた。
双樹はというと喧嘩なら買うわ、と抗戦の構え。奏は上等だと踏み込んだ。
「連絡したら迎えに来てくれるくらい紳士に成長したの?知らなかったわ」
「俺は紳士だぜ?でも紳士だって、優しくすべき相手か選ぶ権利位有るよ」
「なら紳士だとしても変態と言う名の紳士ね。透けてるわ」
「じゃあ紳士なのは確かだな。今後の成長に期待出来る」
「形だけね。本質は変態じゃない」
「双樹は俺が変態の方が良いのか。本物の変態さんだな」
「あら?僅かな時間で言い切れるような、何かを知ったの?やらし…」
奏はどこか懐かしさを感じながら、言葉で甘噛みしていった。
「まぁまぁ、待て待て!奏も双樹ちゃんも」
しかし奏にとっては昔馴染みの肩慣らしみたいな言い合いだったが、傍から見る者にはそんなノスタルジアは観測出来ない訳で。二人の遣り取りに、京成が慌てて割って入った。
「奏、お前はあっちの道曲がらないと帰れないだろ?双樹ちゃんは、どうするんだ?」
「そうなの?奏くん」
「ああ、俺は、ここでさよならだ」
聞いている双樹の家の住所だと、京成達と中心部近くに戻らないといけない筈だ。しかし双樹は考える間もなく口にした。
「そ。なら私も曲がるわ」
「双樹の家ってこっちなのか?」
それでは家に帰れないんじゃないかと問いながら、奏はスタスタと歩く双樹に並ぶ。
「いいえ?多分違うけど」
「は?」
「というか私、自分の家がどっちかなんて知らないわよ?」
「は?何でだよ?」
「何でも何もないわよ。適当に連れ回しといて、はい帰れ、なんて無理でしょ?」
「あ~…確かに」
それはそうだ。見知らぬ土地を連れ回し、はいここから帰れ、というのは鬼畜だろう。
「悪かったよ、双樹。俺が送るよ。家の自転車取って来るよ」
だから奏は素直に謝り、奏は双樹に待っててくれという仕草をした。
二人きりで自転車に乗って、会わなかった時間を埋めるのもいいだろうと思った。が、そんな奏の目論見を知ってか知らずか、双樹は首を傾げる。
「何で?」
「何でって!?二人きりは嫌なの?」
『自転車で送る』と言われて『二人きりになろう』という意味だと気付けない双樹ではない。だから奏はビックリしたのだけれど、双樹は別に拒否したのではなかった。
「パパもママも奏くんの家に行ってるから、家に連れていってくれたら良いんだよ?」
「は?何それ、聞いてないぞ?」
どうやら奏の知らないイベントがあったらしく、その反応に双樹は眉根を寄せた。
「……嘘でしょ?」
双樹は奏がふざけていると思ったらしい。珍しく素直に拗ねているようだ。
しかし奏は、力なく首を振るばかり。
「……え?本当に知らない?」
「本当に知らない」
「本当かー……」
ただ奏の反応がおかしいので確認。双樹は申し訳なさそうに怒った。
「奏くんの家にはママが伝えてる筈なんだけど…こればかりは私のせいじゃないわよ」
「そうか…俺の親の問題か。言えよ、俺の親」
「ちゃんと喋らないと駄目よ?」
「仲悪い訳じゃないんだけどな~」
奏は双樹にそんな心配をされつつ、何かを忘れて道を曲がって行くのだった。
「……アイツらは本当に十年振りに会ったばっかなのかね?」
「ははは。いいコンビだ。見事に置いてけ堀を食らったな」
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