図書館

 千沢町には一つだけ図書館がある。学校に併設された四階建ての大きな図書館で、入口が学校側と外部側の二つある。外部側の入り口は一階にあり、学校側の入り口は校舎二階。構造としては一階スペースが一般用、二階スペース半分が学生用、もう半分が吹き抜け、三、四階部分は専門書や資料が置いてある場所となっている物で、かなり立派である。

 そんな立派な図書館で、奏と京成は昼休みを過ごしていた。

「ところでどうさ?勉強」

「夏休み前テストの事か?いけると思うぞ」

 奏は教科書をパラパラと捲りながら応えた。

 前に話題に上がっていた通り、もう直ぐ夏休み前テストがある。それに備えて図書館に来た訳だが、京成の言いたい事はそうではなかった。

「違うって。夏休み前テストも大事だけど受験。受ける所とか決めた?」

「ん……ああ、まだ」

 京成の質問に、奏は興味無さそうに答えた。といっても人生の進路に対して斜に構えてとかそう言う事ではなく、どう真剣に取り組めばいいのか今一分からないのだ。

「まだか。俺としては公立受けて、私立滑り止めだから、考える事もないけどな」

「そうか」

「そうか、じゃなくて、大事なのはお前の話って事だろ」

「俺のって……だから決めてないって」

 京成は奏にやる気がない物と考え、きつい言葉に成っている。しかし奏だって、いっぱしの受験生。自分の進路に興味がない訳ではないし、考えてもいる。が、残念ながら自分が『進む』という実感がないのだ。

「いや、俺と奏でどっちが決めてないかって言ったら、俺の方が決めてないんだよ」

「訳が分からないな。俺はサボってるだけだろ」

「決めてないって事が、決めてるって事だろ?」

 京成の言葉に熱が籠り始め、京成はボールペンの先を奏に向けた。

「なんだそれ?てかペンで指すな」

「お前なら難関私立受けれるだろ。県外に出れるんだぞ?都会に行けるんだぞ?」

 奏の成績は。頑張れば他県の進学校に行ける位には良い。それが京成には藁やましくてしょうがないのだ。いや、京成だけでなく此処に住む若者にとっての憧れだった。

「ん~……」

 奏だって京成の言わんとする事は分かる。逆の立場だったら勿体ない事をするなと、嫉妬と心配に塗れただろう。奏だって、田舎住まいとしていっぱしに都会に憧れる。

「けど……なぁ……俺は何も考えてないんだって」

 でも『一生懸命邁進する自分』というのが想像も付かず、未来と現実が途絶えている気がする。お花畑が未来を塞いでしまっているのだ。

 だいたい奏が勉強を頑張ってきたのは、勝手にどっか行った誰かさんへ当て付けでしかない。

「ところで京成、『迷い茨の森』ってさ、やっぱりヤバいか?」

「なんだよ、その話題逸らしは……」

 奏の強引な話の変え方に、京成は溜め息を吐く。

「ヤバいなんて物じゃない。あそこで何人が、行方不明になってると思ってるよ?」

「だよなぁ……」

 奏はやっぱりそうだよな、と身震いした。

「それでも通れるって伝承あるじゃん?」

「一度通った道は通れるってあれか?でも、あれは一度通った道の逆走は出来ない『行きは良い良い、帰りは怖い』って事だろ?だいたい一回目で迷うんだから、二度目の道なんてないだろ」

「ん~…結局レーヴィテイン取って来るみたいな物か」

「お前は、いきなり何を言い出すんだ……

 ……って何だ?」

 奏がまさか迷い茨の森に入る気なのかと心配し、京成は釘を刺そうとした。

 だが図書館に似つかわしくないざわめきを感じ、話を止めて騒ぎの方に目を向けた。

「女子がいっぱい来たな。あれって双樹ちゃん達か?」

「だわな。双樹の学校案内だと思う」

 奏も気になりパーテーションから覗いた。

 奏達が居るのは、入口の付から右に曲がった所にある勉強スペース。長いテーブルに仕切りが立てられ、個々で使えるようになっている。その仕切の上から入口の方を見ると、図書館では浮く程度には騒がしい一団が来ていた。

 その中心は双樹で、いつも通りの不機嫌な顔だ。

「(おお~い、双樹ちゃーん)」

 双樹の姿を確認した京成は、さっきまでのもやもやもどこ吹く風。手をひらひらさせて精一杯大きな小声で双樹を呼んだ。しかし一団は双樹に話しかける事に夢中になって、京成には気付かなかった。

 京成の話ではないが、千沢町の若者達は都会に行きたがっている。それを双樹は逆行して来たのだ。ミステリアスでスキャンダラスな興味の対象になる訳だ。

「あ、行っちゃった」

 そうしている内に一団は図書館から出て行く。受付方法や図書館の場所の説明だけをして別の場所の紹介に移ったのだろう。

「ちぇ…連れないの」

 京成は双樹が気付かすに行ってしまった事に心底残念そうだ。つい先ほどまで双樹にぶつぶつ言っていたのに、もうこれとは恐れ入る。

「たまにお前が凄いのか、それともただの無遠慮なのか分からなくなるな」

「根性が有ると言ってくれ。つーかあの可愛さを前にすれば苦しみ何て吹っ飛ぶって」

 京成は何故かエヘンと胸を張った。

「でだ?俺達、大事な話をしてなかったか?」

 双樹の登場で奏に引っ掛けていた情熱は排熱だけを残して消えてしまったらしい。ある意味で凄い性格をしていた。

「『Fly me to the moon』の意味が分からないから教えてくれって話だったろ?」

「ああ~、それそれ」

 話題をぶり返したくない奏は適当に答え、教えて貰った京成は笑顔で頷いた。そして直ぐに呆れ顔に変わると、どこか怨みの籠った思い息を吐き出したのだった。

「その一節の意味を思い出したよ。『お前も良い根性してるな』だ」

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