驚き

 昼休み。京成は廊下を歩きながら、ぶつくさと不満をぶち撒けていた。

「ったく、何なんだよ、ありゃ」

「だから頑張ってって言ったじゃないか。双樹は大体あんな感じだ。許してやってくれ」

 で、文句を延々聞き続けた結果、奏の意見はこれしかない。正直奏も京成の味方か双樹の味方かと問われれば、迷いなく双樹の味方だと答えるだろう。

「ま、双樹もあれでも苦労してるんだぜ。会ってない十年はともかく、村では苦労してた。で、性格が全く変わっていないとなれば、会ってない十年も苦労しているだろうな」

 双樹の悪い所は少々我が儘な所。そして不幸な事は少々の我が儘なら許されてしまう所だ。小さな時から双樹は毛色が違った。『狐の子』と崇められたモリガミの一人娘で、人間的な偉さも、人としての性能も違った……らしい。美しく、かつ頭が良かった双樹は畏敬の対象であり、大人達からは距離を足られ、子供達とは衝突した。

 なにをしても怒られず、自分が悪いのに大人達とませ餓鬼共に擁護される理不尽さが理解できずに苦しんだ。そして、いつかは不条理では無い現実が訪れるとでも考えているかのように、不機嫌で自分を守るようになっていったのだ。

「苦労?何が。お前はそういうけど、あれだけ女王様やってりゃ苦労はないだろ」

 奏は説明するが、京成はよっぽど腹に据えかねているらしい。午前中、双樹に突っ掛かり続けた京成が悪いのだが、奏としては感謝もしていた。

「まぁ聞けよ、京成。双樹は昔から頭の良い奴でさ。悪い事は悪いって分かってるんだよ。幼稚園でだぞ?一説には狐に好かれてるから、頭が良いって話もあった位。まぁ自分で悪い事してるって自覚は有り、しかも正義感も強いときた。

 なのに自分で明らかに悪いと思っている事をしても、誰も叱らないんだ。それはきっと凄く気持ち悪い。もう味方と言う名の敵だよ。よく俺に『違うの!私が悪いの。違う?』って八つ当たりしてたもんだよ」

 説明の最中、ズキリと胸を衝いた痛みは、今の物か、それとも過去の傷だったか?

「ち……しらねーよ」

「そりゃ双樹も悪いよ。でも何て言うかさ……叱って欲しいから、あの態度をしていたというか、自分が正しい事を証明したかったんだろうね……俺の知ってる限りではそれは叶わなかったから、もう今更になっちゃったんだろうな。事情が有るんだよ。頭の悪い俺達には奇異に見えても、ちゃんと自分なりの正義が有るんだ」

 奏は、な?と同意を求めた。だが京成は難しい顔で押し黙り、しばし思案。ただ考えてみても難しい表情は変わらず、吐き捨てる様に言った。

「関係有るか。自分が苦しかろうと、人を傷付けて良い事にはならない」

「……違いないな」

 奏は否定もせず、軽く笑った。京成が言っている事は、ごく当たり前の自然な事だ。

「ま、でもさ……」

 けれど、京成とて分かってはいる。特別扱いを受けるということは、逃げ場なく不自然であるという事。ならば物の見方も知らない一般論で語ろうとするのは愚かな事だろう。

「傷付けて良いって事にはならないけど、許すきっかけにはなるかね。だからま~いいか」

「そっか。ありがとうな」

「礼を言われる意味が分からんよ。だいたい双樹ちゃん綺麗だからな~。そら怒れないよ。と言うか性格あんなので嫌いになりたいのに、でも見た事ない位綺麗で嫌いになれないってのがまた…苛立ちに拍車を掛けるというか…さぁ?あれズルイよな。勝てる気がしない」

「あれで可愛くなければ、ただ生き辛いだけで済んだんだろうけどなぁ」

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