眠い朝

「くふぁ……」

 眠い目を擦りつつ、奏は学校に向かっていた。

 現在七時半過ぎ。登校するには割かし早い時間だった。早起きというよりは、朝まで眠れなかったというのが正しい。

 双樹と再会した後、自力で迷い茨の森を抜けて帰った為、疲労困憊で寝むる体力すらなかったのだ。

「ここに引っ越ししたばっかの時は、絶対迷い茨の森に入るなって言われたし、何人も森に入ったまま帰らなかった人がいるって言われた割りには、簡単に抜けられたけどな」

 奏は自分がまるでヒーローだと言わんばかりに表現してから、やっぱりそれは強がりでしかないなと溜め息を吐く。

 山育ちの奏にとって、山の危険は身に沁みて分かっている。奇跡みたいな生還だったと自覚しているし、そうでなければ多くの人と同じ様に自分は遭難したかもしれないのだ。

「本当、今思い出しても足が震える。よくあんな装備で帰って来れたな。ま、再会の奇跡に起きた、小さな奇跡だと信じたい」

 そして多分奇跡は二度と起きないから、もっと慎重に生きようと奏は反省した。

 奏や双樹は元々『千鶴沢』という、絵に描いた様なド田舎の村に住んでいた。『守上』も『祇蔵』も千鶴沢に於いては祭りを取り仕切るちょっとした家柄だったのだが、千沢町に移り住んだ今では関係なく過ごしている。

 何故移り住んだかと言えば、過疎の一言に尽きる。奏達が村を出る時も、子供は十人程しかいなかったらしい。山深いこの辺りにはそういう村や集落が多かった。妖しの伝承すら深く根付くこの山々には、切り立つ崖や、大穴、迷いの森など恐ろしいものが沢山ある。それらによって人の行き来が潰され、地図からも消されてしまった限界集落が少なくなかった。

 そんな消えいくそれらを統合して作られたのが、この千沢町である。比較的大きな盆地に、この町が作られたのが、今からおよそ二十年程前。隣町に行くにはバスで二時間という田舎ぶりではあるが、この辺りの住民を受け入れるには十分な大きさの町となった。その千沢町に千鶴沢全員で移り住んだのが十年前。奏が五、六才の時だった。ただ守上の一家は、千沢町には移り住まなかった。千鶴沢から出る時に、都会に移り住み、双樹を有名な私立小学校に入れたと聞いている。

 千鶴沢で携帯なんて持っている人は居なかった事もあって、それ以上の双樹情報は入って来なかった。そして十年が経ち、なんだか知らないが再会してしまった訳である。奏は現在中学三年生。記憶違いでなければ唯一の同級生である双樹もその筈である。

「む……こいつは困ったな」

 だがしかし、十年ぶりに幼馴染が帰って来たとか、その幼馴染が随分美人になっていたとか、そんな事は今の奏にとって小さな問題だった。

「この時計壊れてやがる」

 目下の問題はお気に入りの腕時計が壊れてしまっていたこと。携帯も持っていない奏は溜め息を吐き、せめて早めに家を出た事に感謝するのだった。

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