第55話 天然と正論は混ぜてはいけない
そんなアイとノイカの他愛ない会話の様子を見ていたアルバートがノイカの肩を軽く叩く。
控えめなその態度にノイカは不思議そうにアルバートの顔を見た。
「何、どうしたのよ」
「こいつ、大丈夫か?」
――いや、大丈夫って何よ!
思わずノイカは心の中で突っ込んだ。
本当なら口から出してしまいたかった感想だったけれど、心配そうにしている……気がするアルバートにそれを言うのはためらわれたのだ。
表情があまり変わっていないから、ノイカにはそう見えているだけの可能性もなくはないのだが。
「あんったね……アイよりも言葉が足りないわよ」
「すまん」
「『大丈夫』ってどういう意味だろう」
ここに来るまでに『大丈夫』という単語を聞きすぎて、アイの中で『大丈夫』の定義が怪しくなってきている。
ゲシュタルト崩壊というやつなのだが、ノイカとアルバートはそんなことを知る由もない。
アイの質問にはアルバートが答えた。
「リンと会ったら死なないか?」
今度はノイカからの訂正が入らないので、どうやらノイカも同じことを考えていたらしい。
彼女も難しそうな顔をしてアイの反応を待っている。
リンファと死ぬが結びつかないのだが、アイはアルバートの意図を
「ボクはアンドロイドだから死なないよ」
「そうか、凄いな」
アイの言っていることは正しい。アンドロイドには生死の概念がないのだから。
でもそうじゃない。
今はそうじゃない。
アイとアルバートが会話すると予想以上にかみ合わない。
ノイカとアルバートですらかみ合っているか怪しいレベルだったが、彼らはそれをゆうに超えていた。
――正論と天然って混ぜたらいけないのね……。
酸性洗剤とアルカリ性洗剤を混ぜたらいけない、みたいな存在だったのかと感想を心の中だけに留めておいた。
訂正しても良かったのだが、如何せん体力を使う。
ノイカの言い回しと彼らの相性が壊滅的に悪いからなのだが、彼女自身はあまりそのことに気が付いていない。
今まではアルバート一人を訂正していればよかったのに、アイが増えてしまった。一人でさばき切るのは正直厳しい。
――カイトか、せめてリゼルがいてくれたら良かったんだけれど。
クインもアルバートの話を笑って受け流してしまうことがあり、この役回りには向いていない。
対人スキルについてはカイトが頭一つ抜きんでているのでそんな風に思ってしまったのだが、死んだ人間にそれは不可能だろう。
分かってはいるけれど、思考してしまったものはどうしようもない。
急に静かになるノイカの方へ、二人の顔が向く。
彼女もこのままではいけないと分かっていたので、自分の頬を軽く叩いた後、彼らへ伝えた。
「リンファがいる可能性が低い場所の探索を、アイに頼めばいいんじゃないかしら」
「そうだな。じゃあその方向で作戦を練るか」
ノイカの提案に全面的に賛成だったのか、アルバートは二言返事で了承する。
リンファがこの広い建物の中でどこに一番いそうなのか。
暫し考えた後、アルバートは腕につけた端末を作動させて、地図を表示した。
イーストエリアの建物はセントラルエリアと違って地図を盗むためにいくつものプロテクトをはがす必要がない。
そのためクインは地図を入手した後、彼らのデバイスに情報を入れてくれたのだ。
もちろん今回から作戦に参加しているアイにも端末をプレゼントしてくれた。
表示された地図によると、倉庫は長方形になっており、それを三分割するようにエリアが分かれていた。また天井が高いのもこの建物の特徴だ。
「大きく倉庫のエリアを分けると三つに分類できる。この中でリンが行くとしたら、食糧庫エリアが一番可能性が高いだろう。ここは俺が担当する」
地図上で現在地から一番遠い場所が点灯しているので、彼の言う食糧庫エリアは此処なのだろう。
元々アルバートとリンファの作戦目的が食料の確保だったので、妥当と言えば妥当だ。
そしてリンファの扱いに慣れているアルバートがそこを担当するのも当然の流れだった。
「ノイカは製造ラインエリアを見てくれ」
「分かったわ」
「道中で警備中のアンドロイドが
「ええ。わかってるわ」
人間の主食になっている小麦と大豆のバーは倉庫内で製造されているため、製造時に使用する機械についても完備されている。
機械は不良などが発生すると止まる可能性があるので、定期的にアンドロイドが見回りを行っているのだ。
場所は真ん中のエリア、つまるところ食糧庫エリアの前のエリアになる。
ノイカはグローブをつけ直し、ベスト越しにペンダントを握った。
「アイは一番手前の保管庫エリアを確認してくれ」
「うん。わかった」
アイに割り振られたのは、収穫した小麦や大豆を置いておくエリアだ。
ちゃんとした食料になる前の状態で置いておかれているので、アルバートはリンファがいないと踏んだらしい。
作戦の概要を説明し終わったため、アルバートは端末の電源を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます