第54話 熱視線
アルバートは黒髪を揺らしながら立ち上がる。
硬い床の上で正座していたというのに、彼は足がしびれた様子もなくケロリとしていた。
彼は高身長で東アジア系の見た目も相まってエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
切れ長な瞳も相まってミステリアスな印象だ。カイトとは別ベクトルで顔が整っている……話さなければ、の話だが。
アルバートはいわば、『残念なイケメン』というやつに分類されるのだ。
「そういえばノイカ。お前、生きていたのか」
そして現在進行形で残念を更新し続けていたのだった。
彼が言葉足らずな人間だとと知ってる人が聞いても、思わず目が飛び出そうになるほどには失礼な言い回しになってしまっている。
ノイカはアルバートがわざとやっているわけではないと分かっているので、大きいため息一つで彼の失言を流した。
「改まって言う言葉がそれってどうなのよ」
「いや、今のは俺でも言い方が悪かったと分かる……すまん。お前が生きていてくれて、嬉しく思っている」
アルバートの良いところは、素直に訂正するところである。
自分が悪いと思ったらきちんと謝れるので、ノイカも彼の天然交じりの態度について許しているのだ。
ただノイカは彼の実直さを好ましく思っているも、それをそのままぶつけられることに慣れていない。
「よくまあ、恥ずかしい台詞を迷いなく言えるわよね」
「恥ずかしいのか? 俺にはよくわからないな」
なのでひねくれた返答しかできないのだけれど、アルバートにはそれが伝わらない。
デバフを全部解除するタイプの厄介な僧侶みたいに、ノイカが乗せまくった照れ隠しの言葉を全て取っ払ってしまうのだ。
なので、ノイカは彼と相性が悪い。たまに会話が成立していないときがあったりもする。
嫌いじゃないけど自分のペースが乱されてしまう、そんな印象を彼女はアルバートに抱いているのだった。
◇
作戦の概要はこうだ。
倉庫内は広すぎてリンファと遭遇できないので、三手に分かれてそれぞれ彼女を探す、というシンプルなものだった。
「倉庫内は警備が薄いとはいえ、全くアンドロイドがいないとは限らないんじゃないかな」
「それについては
「それも、『リンファ』のお陰?」
「ああ、そうだ」
ノイカやクインも言っていた「リンファがいるから大丈夫」に起因しているのだろうとアイは推測した。
アルバートからも肯定されたということは相当『リンファ』が強いということなのだろう。
一体どんなどんな人間なのだろうか。
予測を膨らませるアイの顔を見て、説明していたアルバートが固まる。
歩きながら説明していたために、アルバートが止まった瞬間、全員がその場にとどまることになった。
そして熱視線を向けられているアイは、何故そんな反応をされるのだろうかと思ったのだが、とあることに気が付いた。
「自己紹介ができてなかったね。ボクはアイ。よろしく」
突然始まる自己紹介に、ノイカは耐えきれずツッコミを入れた。
「あんった、発砲された相手によく平然と挨拶なんてできるわね……」
「まあ、過ぎたことだからね」
「アイのそういうところ尊敬するわ」
ノイカはアイにそう返すと、アルバートへと視線をやる。
依然としてぴくりとも動かない彼の
「ノイカ、痛いんだが」
「あんたね、アイが自己紹介してくれてるのに無視はどうなのよ」
アルバートはアイに挨拶されていたことが耳に入っていなかったらしく、目を少し見開いた後、申し訳なさそうに謝った。
「すまない、ちゃんと聞いてなかった。……俺はアルバート。もう知っているとは思うが」
「うん、知っている。よろしく」
アイはアルバートに対して右手を差し出す。毎度恒例となった挨拶時の握手だ。
アルバートはためらうことなく右手でアイの手を握ると軽く上下に揺すった。
――やっぱり握手するのは、変なことじゃないんだ。
クインの時もアルバートの時も拒否されることのなかったアイは、ノイカに向かって視線を送る。
無表情のままだったというのに、ノイカは彼が何を言わんとしているのか、分かってしまった。
「なに」
文句を言いたげにしていたのが分かってしまったのか、ノイカはつり目を更に吊り上げてアイを睨んでいる。
おっかない顔になっているのだが、アイにはそれは通用しない。
「やっぱり挨拶の時に握手をするのは変なことじゃないよ」
「あの時はあんた『合意ができた場合は握手をするもの』って言っていたじゃない」
「そうだね。挨拶とは違ったね」
「違うって思ってるんなら、その何か言いたげな顔をやめなさいよ」
「ボクは元々こんな顔だよ」
ああ言えばこう言うアイにノイカは言い負ける。
元よりノイカは口喧嘩が強いほうではないのだ。
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