第56話 あなたが死んだと言う事実を嚥下する

 一番手前のエリア付近でアイと別れた後、ノイカはアルバートと共に自分の目的地へと移動する。


 広い倉庫なのでエリア間の移動は容易ではなく、ノイカたちは先を急いでいた。


「ノイカ」


 全力疾走していないとは言え、ずっと走っているのは疲れるはずだ。

 なのにアルバートは息を上げることなく、彼女へと声をかけた。


 ――あんたみたいに体力が有り余っている訳ではないのよ、私は!


 得意なのは遠方での射撃だというのに、体力お化けなのはどういった了見なのか。

 ノイカは肺に思うように空気が取り込めず苦しい中、何とか唾を飲み込んで声を発した。


「何」


 荒い息の間にノイカは短く返事をする。


 それで伝わってくれたらよかったのだが、相手はアルバートだ。察するのとは無縁の生き物である。


 勿論ノイカが苦そうにしていることも気に病まぬまま、彼は息を吸った。


「カイトは、どうした」


 ノイカの脳裏にあの光景がフラッシュバックする。だがセーフハウスの時とは違い、今は冷静にそれをただの映像として処理できていた。


 ノイカが苦手意識というか……どうにも話がかみ合わない時があったので、彼と話すときは常にカイトが一緒だった。

 話が通じない時は、カイトを介して二人が会話をするなんてことも頻繁にあったのだ。


『なんで俺、いっつも通訳してんのかなー』


 同じ言語で話しているはずなのに翻訳機にされていたカイトが、いつもそうぼやいていた。


 アルバートからしてみればノイカと話をするときに必ず隣にいる人間がいないので、この質問に結び付いたの訳だが……彼はカイトが死んだなどとは露ほどにも思っていない。


 他意があるわけではなく、単純に疑問としてノイカに投げかけてきただけ。


 そのことを彼女も十分理解していた。


「カイトは……」


 息切れが激しいせいなのか、言うのを躊躇ってしまったのか、彼女は一旦そこで言葉を切る。


 額から目と鼻の間を縫って口元までたれてきた汗をグローブで拭うと、彼女は覚悟を決めた。


「カイトは、死んだわ」

「そうか」


 もっと何か言われるかと思っていたのだが、話をしていた相手がアルバートだったことをノイカは思い出す。

 彼はいつも言葉が足りないし、喜怒哀楽の温度差が極めて少ない。


 仲間が死んで泣き出したところなど、少なくともノイカは見たことがなかった。


 ――……まあ、でも。それは私も一緒ね。


 カイトが存命していた時の自分も、アルバートのことをとやかく言えないほどに、仲間の死に涙を流すことなどなかった。


 大切に思っていなかった訳ではない。彼らの死を無駄にしないために、ただ悲しむ暇もなかったのだ。

 カイトが目を逸らさなかったから、ノイカも気丈に振舞っていた。


 でも彼女は知ってしまった。


 よりどころにしていた存在がなくなることに対する絶望と喪失感を。

 仲間たちの死に対して涙を流す本当の理由を。


 悲しみというものが簡単に人の心を覆いつくすのだということを、彼女は今になって初めて知ったのだ。


「というか、慰めたりできないの?」


 気持ちの整理が完全に出来ているわけではないが、ほとんどいつも通りの彼女に戻っている。


 息が上がっているので威圧感は皆無だったが、減らず口でアルバートに嚙みつくノイカに対して、彼は視線だけ向けると少しだけ広角を上げた。


「そういうのは得意じゃないんでな」

「やっぱ最低ね、あんた」


 クインやアイのように彼女をいたく心配する様子でもなく、普段通りに接してくるアルバートにノイカは内心感謝していた。


 二人の態度が嫌だとか、そういうことではない。断じて違う。

 ただ気を遣わせてしまっていることが分かっていたから、ノイカはずっと申し訳なく思っていたのだ。


 アルバートは素でこの調子なのかあえてなのか、全く区別がつかない。

 だからノイカも気にすることをやめた。


 かすかに笑った彼に負けじと、ノイカは彼を鼻で笑ってやる。


 汗だくなので負け惜しみな感じが凄い。


「その代わり、援護射撃は任せておけ」

「どの代わりよ! まったく!」


 相変わらずの天然発言に、ノイカは全力でツッコミを入れた。

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