第52話 ライフルからの先制攻撃
「なにぼーっとしてんの。行くわよ」
立ち尽くすアイにノイカはそう告げると彼を置いて先に倉庫へと足を進めた。
アイにとっては初めて見る物珍しい光景だとしても、ノイカには見慣れた風景のひとつなのである。
麦畑の間を慣れた足取りで進んでいくノイカの姿が、時折背の高い穂に隠れてしまう。
アイは彼女を見失わないように駆け足で彼女の背中を追いかけた。
◇
彼女たちが進んでいくとほどなくして、倉庫が近づいてくる。
遠くからでも視認できるほどなので近寄るとかなりの大きさであった。
ノイカは倉庫の裏口付近で立ち止まり、端末を操作すると、クインを呼び出した。
「クイン、聞こえるかしら?」
「ええ、ばっちりよ」
ノイカの問いかけに、彼はすぐさま応答する。
倉庫へ侵入する前の索敵も兼ねて、一度クインへと連絡する手はずになっていたのだ。
セントラルエリアとは違い、ここでは通信が問題なく行える。妨害電波から発せられたノイズにかき消されることもなく、彼の声は通信越しでも良く聞こえていた。
「うん、ノイちゃんの近くに敵アンドロイドの反応はないわね」
「了解。アルバートは裏口のすぐそばにいるのよね?」
「合っているわ。生体反応もノイちゃんからそう遠くない位置で確認できているし、それに、さっきアルにも連絡したから大丈夫よ」
「ありがとう。すぐに合流するわ」
ノイカはクインとの通話を終えると、アイに目配せをした。
敵が近くにいないと分かっていても作戦行動中は静かに迅速に行動するのが肝である。
ノイカは裏口の扉に背中を付けた状態で銃を構えると、左手で控えめにドアを開き、中を確認する。
動線の安全が確保できた後、彼女は物音を立てずに倉庫へと侵入した。
彼女はレジスタンスとして行動してきた時間が長いため無駄のない動きができているが、つい三日前からレジスタンスと共に行動を始めたアイに同じ動きは出来ない。
彼の動き自体は静かだったとしても、端々でノイカとの差がある。アイがノイカに続きドアの中へと入る時も、足音がかすかに鳴ってしまっていた。
彼がドアを閉める音を合図にしていたのか、遠方からアイの脚元めがけて何かが飛んでくる。
それはアイが閉めたばかりの扉にぶつかったようで、金属同士のぶつかる音がした。
完全に締め切られて暗闇になった中でも、アンドロイドであるアイは目が効く。
ドアにぶつかった音の正体を確認すると、それは実弾だった。
彼はドアに刺さったままになっているそれを取り上げる。先端が鋭い形状になっているので、どうやらライフルの弾のようだ。
何処からこれが飛んできたのだろうか。
アイは発砲元を確認するために動こうとするも、またもや銃弾が飛んできた。
しかも先ほどとは別の方向から飛んできていたので、アイが弾を分析している間に移動したということになる。
この暗闇の中で物音ひとつ立てずに動くあたり、相手も夜目が効くようだ。
暗闇の中で銃口がこちらを狙っている。
緊張が漂う中だというのに、アイはきょろきょろと周囲を見渡そうとした。
「動くな」
アイの位置からそう遠くない場所で、低い男性の声が聞こえて来る。
この声はノイカとクインが通信していた時のものと同じであると、アイはすぐに気が付いた。
恐らく、彼がアルバートなのだろう。
「キミがアルバートだね」
アイが声をかけた瞬間、またもや発砲音が聞こえた。
今度は何処に弾が刺さったのか分からなかったが、ここまで暗い中で正確に的を狙えるということは、相当な腕前であることは間違いない。
「待って。ボクは敵じゃない」
攻撃されていても、アイは冷静に対話を試みる。
言葉だけでは信ぴょう性に欠けるのではないか。
彼は自己に備わったシミュレーションプログラムを回した結果、そんな解答にたどり着く。
敵ではないことを伝えるために、両手を顔の横へと持っていき、アイは降参だというジェスチャーをした。
果たして今の状況がアルバートに見えているのかは定かではないが、アイは敵意がないことを伝える。
それにしても、先ほどまで近くにいたノイカが今は何処にもいない。
アイが銃撃にあってからまだ数分と経っていないはずなので、そう遠くには行っていないはずなのだが……。
相手の神経を逆なでしないように、アイはノイカの姿を探した。
どうやらここは物が雑多に置かれているようで、死角が多い。
アイの目にはバイタルを確認できる機能があり、それを駆使して辺りを見渡すと、荷物越しにノイカのバイタルが確認できた。
また彼女に近い場所で、彼女とは別の生体反応も見える。……どうやら彼女はその別の反応の元へ近づいていっているようだ。
そしてその直後、何かを叩く軽い音が聞こえたと同時に、低い男性の声で「いてっ」と呟く声が聞こえてくる。
音の発生源は、ちょうど二人のバイタルが見える位置のようであった。
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