第50話 お守り

「えーと……それじゃあ、ブリーフィングを始めるわね」


 アルバートからの急な入電からほどなくして、三人はブリーフィングルームにて作戦のすり合わせを行う。

 作戦とは言っても『セントラル解放作戦』のような大きいものではない。


 クインはいつものように部屋の電気を消すと、手元の端末を操作してモニターに作戦内容を投影した。


「二人ともさっきの通信を聞いていたから分かると思うけれど……今回の作戦はアルの補佐になるわ。食糧倉庫内の裏口に近い付近で待機しているみたいだから、彼と合流後、直ぐにターゲットの捕捉に尽力すること。……とりあえず、ここまでで分からないことはあるかしら?」


 クインが二人に対して確認すると、やはりというかアイが手をあげた。

 お手本のようにきれいな姿勢で手を上げるアイに、クインは「どうぞ」と声をかけた。


「ターゲットって何かな」

「リンファよ、リンファ」


 アイの質問に答えたのはクインではなく、ノイカであった。


 ぶっきらぼうに言う彼女は明らかに乗り気ではないのだろう、嫌そうな顔をしているうえ、そこには『行きたくない』と書いてある。


 仲間思いの彼女がどうしてこの態度なのか分からずアイはクインを見ると、彼は困り眉で笑っていた。


「色々と事情があるのよ」

「そうなんだ。納得も理解も出来ないけれど、とりあえず話の続きをお願いするよ」

「ええ。……とにかく、アルと合流した後はリンを確保するために、三人で連携して頂戴。正直ノイちゃんにはもう少し休んでいて欲しかったのだけれど……」

「……ありがとう。でも、問題ないわ。 心配しないで、クイン」


 まだ疲れは取れ切っていないが、これ以上クインに心配をかけるわけにもいかない。


 ノイカはクインの問いかけに大きく頷いて見せる。

 それに答えるように彼も頷いて、話を続けた。


「現地でアンドロイドとの交戦も……もしかしたらあるかもしれないから、ブリーフィング後に二人は武器を見繕っておいて頂戴ね。……武器に関しても、セントラル解放作戦でほとんど使ってしまったから、あまり無いけれど」


 一通り説明し終わったのか、クインは部屋の明かりをつける。


 カイトがいればここで皆を鼓舞する一言を言ってくれたのだろうが、ノイカとクインは真面目過ぎるのか、あまりそう言うことには向いていない。


 ましてやアイができるわけもなかった。


「ノイちゃん、武器の保管場所を彼に案内してあげて」

「分かったわ……こっちよ」


 カイトのいなくなった事実に打ちひしがれているノイカに気を遣ったのか、クインはそうノイカへと依頼する。

 何かをしている時のほうが気が紛れるだろうという彼の優しさから来た提案だった。


 クインにそう言われて、ノイカは現実へと戻って来る。


 彼女の心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような状態なのだ。やはり傷が癒えるのにはまだ時間がかかるようで、彼女は何処か夢想しているような足取りでブリーフィングルームを後にする。


 覚束ない足取りの彼女の背中をアイが追いかける。

 そして彼はノイカの隣に来ると、彼女と同じ歩調で歩いたのだった。



 ◇



「ここよ。必要になりそうなものがあったら、持っていきましょう」


 武器を置いてあった倉庫はセントラル解放作戦前とは違い、がらんとしている。


 ノイカはほとんど何も置かれていない棚に手を乗せて、ぼんやりと備品を眺めていると、端の方に黒い布が重なっているのが見えた。


 ここに保管されてから日が経っているのだろう、少し埃をかぶっている。


 ノイカが軽く払って布を広げてみると、どうやらグローブだったようで、レザーのような素材で作られたそれは、生前カイトが付けていたものと同じ型であった。


「ノイカ、どうしたの」


 他の棚に置かれた武器を確認していたアイが立ち止まったままの彼女へ視線を向ける。

 実弾の拳銃が何丁かあったようで、アイは銃の装填状況を見ていた。


 ノイカはグローブの埃をもう一度だけ払って、手に装着する。


「何でもないわ」

「それも武器なの?」


 グローブを初めて見たのだろう、アイがノイカの様子を伺うと、武器なのかと問いかけてきた。


 何を考えているのか分からない、表情の固まった顔だけれど、ノイカは彼が不思議そうにしているのが分かる。

 分からないものを覚えようとする子供のようだと、彼女はそんな風に思っていた。


「いいえ、これは……」


 何と言ったらいいのかと悩んだ彼女は、ふと首にかけたペンダントの存在を感じた。


 セントラル解放作戦が始まる直前にカイトからこれをもらった時のことを思い出し、ノイカは広角を上げる。

 きっと彼だったらアイにこう返事をするのだろうと予想して。


「そうね……『お守り』よ」


 お守りと言われてもよくわからなかったらしく、アイは「なるほど」と言うといつものように己のデータベースに記録をするべく、頭に手を置いていた。


 ノイカはグローブをした自分の手を見つめると、自慢げに笑った。

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