二章 イーストエリア
第49話 突然の通信
扉が開くと同時にノイカとアイが共にブリーフィングルームへと入って来る。
彼らが一緒にいることに対してクインは一瞬目を丸くするも、安堵したように微笑んだ。
「ノイちゃん。具合は大丈夫かしら」
「心配かけてごめんなさい。もう、大丈夫よ」
先ほどアイの瞳越しに映った自分の顔を思い出し、ノイカは申し訳なさそうにクインへと謝る。
今の彼女も先ほどから比べて少ししか変わっていないが、表情に生気がある分、マシになったと言えよう。
ノイカの言葉にクインは首を緩く横に振り、彼女の傍へとやって来た。
「大切な仲間のことを心配するのは当たり前のことよ。ノイちゃん」
「……ありがとう」
心に消えない傷を負った彼女たちは互いに支えあう。
もう進む道は前にしかないことを分かっているから、立ち止まることはできない。
沈痛な面持ちで話す彼らを見て、アイはふと疑問に思ったことを口にした。
「クイン。生き残っていたのはノイカだけだったの?」
このセーフハウスに来てから一日ほど時間が経っている。
だというのにアイはノイカとクイン以外のレジスタンスとすれ違うことがなかったのだ。
彼の素朴な質問にクインは「いいえ」と返した。
「あと二人だけ、無事だったのだけれど……作戦で物資をほとんど使ってしまったから、彼らには食料を確保しに行ってもらっているの」
「なるほど。彼らが確保に出かけたのはボクたちが来る少し前かな」
「いえ、それよりも前だから……二日前ぐらいだわ。もう帰って来てもいい頃なのだけれど……」
この拠点はイーストエリアにいくつかある食料を保管している倉庫の一つから、そう遠くない位置に存在している。
食料確保の作戦には一日程度しか要さないはずなのだが、クインはアイの言葉に不安そうに目を伏せた。
セントラルへの侵入作戦が失敗した今、AI統治国家全体で警備が強化されていてもおかしくはない。
そのことを考えていなかったわけではなかったのだが、クインは改めてアイに問いかけられて、一気に心配が押し寄せてきた。
レジスタンスのリーダー的な立ち位置だからか、はたまた元来の性格なのか、クインには心配性なところがある。
そのことを知っているノイカは彼を安心させようと、彼の肩を優しく叩いた。
「それ、誰が行ったの?」
「アルとリンよ」
知らない名前が出てきたことにアイは首を傾げる。
そんな彼の反応とは対照的に、ノイカは何かを納得したのか一人頷いていた。
「あいつがいるなら問題ないんじゃないかしら」
「それは、そうだけれど……」
あいつとはいったいどのような人間なのだろうか。
アイはノイカが『問題ない』と言い切った理由が気になってしまった。
一旦自分のデータベースの中に解答を探してみるも、納得できる結果は出てこない。
彼は検索を諦めて彼女へと聞いた。
「あいつって?」
ノイカはアイと長年行動しているような気持になっていたので、すでに話に上がっている彼らとも面識があるような錯覚をしていた。
アイと行動を共にし始めたのが大体三日前だったことに、ノイカは驚きを隠せない。
「『リンファ』って言うんだけど……なんて説明したらいいのかしら……とにかく、強いって言うか……」
「ノイカ、もう少し具体的に」
「分かってるわよ! ……ええっと……」
要領を得ない話し方にアイは再度首を傾げ、彼女にいつものように正論をぶつけた。
自分でも抽象的過ぎると分かっていたノイカは、アイに怒りつつもっと端的で解りやすくならないものかと考え込む。
何故そこまでお茶を濁すのか。
真っすぐ目を見て来るアイの視線に居心地が悪くなったノイカは、助けてほしそうにクインへ目線をやるも、彼もお手上げといった様子で頬をかいていた。
「そうね……一言でいうなら『すごく強い』って感じよね」
「クイン……それ、私もさっき言ったわ……」
「なるほど。強いのは良いことなのに、どうして二人とも困った顔をしているの?」
痛いところを突かれてノイカとクインは肩を揺らす。
その反応から何か重要な情報を隠していることがアイには分かった。
「っていうか、アイとリンファを合わせて大丈夫なの? クイン」
「うーん、分からないわね……」
二人は顔を見合わせたまま不穏なことを言い始めた。
アンドロイドのことを良く思っていない人間なのかとアイは少し考えたが、それだけであればレジスタンスは皆該当してしまうだろうし、推測にはなるが多分違う。
どう聞いたら自分の求めている解答が来るのかとアイが思案したところで、ブリーフィングルームのメインモニターにノイズが走る。
システムが通信を傍受したらしい、場の空気が一気に緊迫した。
「メーデー・メーデー・メーデー。こちらアルバート。クイン、聞こえるか?」
セントラルとの通信ではないため音声自体に雑音が入ることはなく、クリアに聞こえる。
通信越しでは声の低い男性が慌てる様子もなく、こちらに繋がっているのかを確認していた。
「こちらクイン、聞こえているわ。……何かあったのかしら?」
「……そうだな。端的に言えば緊急事態だ。至急、人を寄越してくれ」
緊急事態という単語にノイカが一瞬、身を硬直させる。
イーストエリアにもすでにAI統治国家保全機構の警備が厳重になってしまったのか。
アイはそう思っていたのだが、通信越しの彼から次に聞こえてきた単語は意外なものだった。
「あと頑丈な縄もくれ。猿ぐつわもあったら最高だな」
――縄に、猿ぐつわ?
アイは聞いたことのない用語を己のデータベースにて検索をかける。
猿ぐつわとは『声を立てさせないために、口にかませて後頭部にくくりつけるもの』とのことだったが、どうしてそんなものが必要になのだろうか。
不可思議な入電だったというのに、何かを察したノイカとクインが深くため息をついている。
「以上。よろしく頼んだ」
アルバートはそれだけ伝えると満足したのか、あちらから通信を切ってしまった。
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