第48話 彼女の選択

 ノイカは膝を抱えるのをやめて、服の袖で涙を拭う。


 いつもの調子に戻って来たノイカに、アイは「そうだね」と返答した。


「本当に心理カウンセリング用アンドロイドではあるけれど、欠陥品だからね」

「持ちネタみたいにしてるんじゃないわよ、それ。……ほんっと、ポンコツね。あんた」


 ノイカを元気づけようとしていたアイに対してあんまりな発言であるにも関わらず、アイは何処か安堵しているように見える。


 ノイカは完全に毛布から抜け出すと、ベッドの横で膝をついていた彼と目線を合わせた。


 やはりアイの顔には表情というものはなかったけれど、それでも彼がノイカに与えてくれた言葉たちには温度があった気がするのだ。


 彼女は澄んだ水色のガラス球を見つめる。

 相変わらず酷い顔をした自分が、下手くそな笑顔をつくっていた。


「まあでも、あんたのそういうところ『人間らしい』って思うわ。下手したら、人間より人間らしいかもしれないわね」

「『人間らしい』……?」

「そ。だって私を慰めるために、ここに来てくれたんでしょう?」


 アイは何故ノイカが『人間らしい』などと彼に向かって言ってきたのか全く分からないようで、不思議そうにしていた。


 アンドロイド養成所で再三教え込まれたデータの通りに、彼はノイカに説明する。


「アンドロイドには心が存在しない。だから心が存在しないボクが、人間らしいというのは可笑しな話だ」

「出た、あんたの謎データ! ……言ったじゃない。あんたの知識って偏りが凄まじいって」


 アイは自分が正しいと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。


『人間らしい』という単語は自分には適していないと伝えるも、ノイカは取り付く島もなくそう答えた。


「言っていたね」

「だから、あんたが保有しているデータが必ずしも正しいわけじゃないでしょう? そしたらあんたが『人間らしい』というのだって、別に可笑しな話じゃないじゃない」


 アイは感情がないはずの自分に人間らしさがあるということに矛盾を感じた。


 アンドロイドを形容するのにその言葉を使うのならば、果たして何をもって人間という存在を証明するのだろうか。


 それにもしノイカが言うように、アイが本当に『人間らしい』とするならば、何処でそれを判断するのか。


 アンドロイドは表情が自然に変わるわけではない。なのに彼女はそう言い切った。


 悶々と考え始めるアイとは反対にノイカはすがすがしい表情で立ち上がると、膝をついたままになっているアイへ手を差し伸べた。


 アイは何の迷いもなく、彼女の手を取る。


 彼のことを重たいと思っていたのか、彼女はかなり勢いをつけて、アイを引っ張り上げた。


「まだすべてに納得がいったわけではないけれど……それでも、向き合う覚悟ができたわ」

「向き合う、覚悟」


 彼に手を貸す覚悟と、この腐った世界を終わらせるための覚悟……そして三人の仇を取るための覚悟だ。


 現実から目を逸らし続けていたいと願っても、いつかは向き合わなくてはいけない日が来る。


 なら先に辛く苦しいものにぶつかってしまおうと、彼女は思ったのだ。


「それと、あんたに借りを返さないと」

「ボクから何か借りていたの?」

「サーカスで助けてくれたこととか、今のやつとか……その……色々よ!」


 人間とアンドロイドとの共存という理想論を納得するのは、まだノイカにとっては厳しいことである。


 仲間たちを殺した存在であるアンドロイドと手を繋いで仲良くしろ、だなんて無理な相談だ。


 それでもアイのことは信じられると、彼女は判断したのだ。


 だから彼女はこれからも彼へ協力を続ける選択をする。「借りを返す」だなんて言葉で照れ隠しまでして。


 もしかしたら将来、道を違える未来が来るかもしれない。


 だけど、それまではアイと共に進んでいこうと、彼女はそう心に決めたのだ。


 彼女の決意など露ほども知らないアイは、またもや「なるほど」と言って自分の頭に手をかざしている。


 今の会話の中にデータベースへ書き込むほどの内容があっただろうか。

 ノイカの怪訝そうな視線など気にも留めていない様子でアイは呟いた。


「人間は助けたことを貸し借りで表現するんだね。勉強になった」

「……別に書き込むほどの事じゃないと思うわよ、それ」


 彼女は呆れ半分にアイの挙動を見守る。


 いつの間にか彼女の脳内からあの呪いの言葉が消えていた。

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