第45話 強さ

 アイの話が終わるとクインは目を伏せたまま息を整える。

 静かなブリーフィングルームにクインの呼吸音だけが存在していた。


「……酷い、死に様ね」


 やっとの思いで彼は呟くように言葉を吐き出した。


 どうしてノイカが泣き崩れて謝り続けていたのか、クインはやっと彼女の気持ちを理解する。

 彼女が仲間のことをどれだけ大切に思っていたのか、セーフハウスでの他愛ない会話をいつも聞いていたクインはよく知っていた。


「……教えてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。お礼を言うべきなのかはわからないけれど」


 アイにもあの『サーカス』で体験した出来事があまりにも常軌を逸していると分かるからこそ、彼はクインに対して「お礼を言うべきなのかはわからない」と言ったのだ。


 その姿があまりにもアンドロイドっぽくなくて、クインは複雑そうに笑っていた。


「……これは、独り言みたいなものなんだけれどね。ノイちゃんと一緒に行動していたメンバーの中に、私の恋人がいたのよ」


 気持ちを自分の中だけにとどめておくのが難しかったのか、クインはぽつりと話始める。


 話しかけるというよりかはクインの言葉通り『独り言』のような状態だったのにも関わらず、アイは彼の話を遮ったり、途中で指摘することはなかった。


「金髪でガタイのいい奴、いたでしょう? それが私の恋人だったのよ。臆病で小心者だから、きっといつか作戦中に死んでしまうとは、思っていたんだけれどね……ここまで酷い死に方しているなんて……思いもしなかった、から」

「検索結果では『恋人とは特別な思いを寄せる存在のことを指す』と出た。なるほど、ノイカがキミに謝り続けていた理由が分かった」

「あら、やっぱりアンドロイドはどの個体もデータベースが備え付けられているのね」


 アンドロイドの構造を解析したことがあるクインだからこその返答だ。


 人間であるクインが何故か知っていることに対してアイは疑問を持つも、『それを言うのは今ではない』というシミュレーションの結果に従って、そのことについて言及することはなかった。


 一応は心理カウンセリング用として作られた個体なので、他の個体よりも会話の受け答えに関するシミュレーションプログラムが多数豊富に備わっている。


 この場においてアイの対応は正解だったのだろう、クインは目を伏せたままその先を続けた。


「皆が死んでしまったことは、ノイちゃんのせいじゃないわ」

「そうだね。彼らの死とノイカに因果関係は全くない」

「……それでも、あの子は自分を責め続ける。真面目で優しい子だから、きっと自分のことを許せないと思うのよ」


 クインはノイカがセーフハウスに帰って来た時から、ずっと危惧していた。

 仲間思いの彼女が、彼らをセントラルに残して一人で帰ってきてしまったこと対して、心を痛めない訳がない。


 どうして自分だけ戻ってきてしまったのか、なぜ自分だけ生きているのか……そうやって彼女自身が一番、彼女を責めてしまわないだろうかと。


 生きて帰ってくるのが難しい状況で生還したのは喜ばしいことであるはずなのに、彼女はその事実が恥ずかしいことなのだと、自分に罰を与えてしまう。


「断罪されるべきなのはボクのほうだ。ノイカが彼らを助けに行こうとするのをずっと止めていたから」

「そんなこと、ないわ。貴方の判断は正しいものだと思う」

「そうかな」

「ええ。貴方が止めてくれていなかったら、ノイちゃんは此処には帰ってこなかったもの」


 目尻を下げてクインは両手でアイの手を包んだ。

 陽だまりのように暖かい温度がじんわりとアイに移って来る。


 突然の出来事にアイは彼の行動の理由を探ろうとしたが、アイのデータベースの中にはそれらしき検索結果が見つかることはなかった。


「……ありがとう。ノイちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」


 かすかにクインの手が震えている。


 大勢の仲間を犠牲にしてしまったことへの自責の念と、一人でも多くの仲間が生きていたことに対する感謝、その両方がクインの胸中に渦巻いていた。


 自分にとって耐えがたい現実があったとしても、それを受け入れて前に進もうとする彼の姿に、アイは芯の強さを感じた。


「キミはとても強いね」

「あら、強いだなんてはじめて言われたわ」


 照れくさそうに、それでも悲しそうに笑うクインの手をアイは握り返す。


 そのことに驚いたのか、彼の手の震えは反射的に収まっていた。


「大切な人の最後を聞いて、苦しくてもそれと向き合おうとしている。ボクには分からないけれど、人間は怖いものを直視するのにすごく勇気が必要だと聞いていた。それができるキミはとても強い精神力を持っているよ」

「そんな風にほめられちゃうと、恥ずかしいわね。……それもデータベースの中にある検索結果っていうものなのかしら?」


 アイにとっては『検索したもの』と『聞いたもの』の間に明確な区別がある。

 だがそれは当人だけが知っていることであり、クインやノイカは知らない。


 きっとノイカに言われていたのならばアイも反論していたのかもしれないが、どうしてだかクインにする気は起きなかった。


 強いと言われたことをようやく吞み込めたのか、クインは「でも……そうね」とまた絞り出すように話した。


「こんな世界だと……心を強く保たないと、やっていけないから」


 クインはどこか遠くを見つめる。

 彼の頭の中では今何が映し出されているのだろうか。


 想像してみるもやはりアイには分からなかった。

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