第46話 アンドロイドと人
「ねえ、アイ。本当にノイちゃんのところに行くの?」
クインと話をした後、アイは急に「ノイカのところに行くよ」と言い始めた。
今の状態のノイカはきっと、アイのことを『
もちろんアイはアンドロイドではあるが、他の個体とは全く違いここまでノイカを助けてきてくれた。
余裕のない彼女にはその事実を整理することが難しいだろうと思いクインは止めたのだが、アイは断固としてノイカのもとに行くと言って聞かなかった。
「うん。どうしても言いたいことがあるから」
「……もしかしたら、辛く当たられちゃうかもしれないわ」
「『アンドロイドには心が存在しない』から大丈夫だよ。それに今言わないといけないと意味がない」
それだけ短く伝えると、アイはブリーフィングルームを後にする。
きっとどれだけ止めたとしても無駄なことなのだろう。
――『アンドロイドには心が存在しない』ね。そんなことは無いと思うけれど……。
きっとアイはそれが当たり前のことだと言われてきたのだろう。
だが、サーカスでノイカを止めたことや先ほど話していた時の挙動から、クインにはアイに心がないなどとは到底思えなかった。
それに心の存在証明など、人間だってすることはできない。
彼の出て行った扉を見つめて、クインは思う。
きっと彼はノイカに今必要な言葉をかけてくれると。
◇
一人になったベッドルームで毛布にくるまるも、ノイカは思うように休めなかった。
目を閉じるとあのサーカスの光景がフラッシュバックする。
寝てしまおうとするのに、耳元で悲鳴が鳴りやまない。
気を抜いてしまうとカイト達の最後を思い出してしまうのだ。
気分転換になるからとシャワーを浴びても、彼女に染み付いた血の匂いが取れることは無く、床に水が飛び散る音であの鮮明な赤を思い出して吐いてしまった。
食べ物も満足に喉を通らない。
食欲だなんて湧くはずもなかった。
ノイカはずっと自分を呪い続ける。
どうして自分だけ生き残ってしまったのかだろう。
自分だけ五体満足で生きているだなんて、死にぞこないめ。
お前なんて生きていても仕方がないじゃないか。
頭の中に湧いては消えていく罵倒を止める術を彼女は知らない。
ただ泣くことにも疲れてしまっているのに、涙が枯れることはなかった。
――あの夢が、現実だったら良かったのに。
セーフハウスで目が覚める前に見ていた夢に思いを馳せる。
ただの現実逃避だったとしても、ノイカはそう思わずにはいられない。
――皆について行きたかった。
彼女は毛布の中で自分の体を抱きしめると、また鼻をすする。
そんな状態の中、ドアが開く音が聞こえた。
来たのがクインかと思い、ノイカは毛布から顔を出して扉を見ると、そこにいたのはアイであった。
「大丈夫?」
抑揚のない声でノイカに対して話しかける彼に、ノイカは本当に心配しているのかと心の中で毒を吐く。
彼女の心中だけで済めばよかったのだが、そうは問屋が卸さず、彼女は冷たく彼のことをあしらった。
「……何? 笑いたければ笑えば? 『仲間を助ける』って息巻いてたくせに、救えなかった私を」
完全にノイカの被害妄想なのだが、今の彼女にはアイを……アンドロイドに対して気を遣うなどという考えは何処にもない。
アイは特段彼女の様子に驚くこともなく、淡々と返事をした。
「そんなことしない」
アイの無機質な態度にノイカの神経が逆なでされる。
彼に他意がないなんてことは知っているはずなのに、彼女は感情に蓋をすることを忘れて叫び出した。
「あんたもあんたよ! 助けに行こうとする私をどうして止めたの!」
「ノイカ」
ずっと抑え込んできた感情が一度口をついて外へ飛び出してしまうと、もう止められない。
ノイカは溢れて来る怒りに身を任せて、アイへと当たり散らした。
「本当はまだセントラルタワーのマザーコンピューターと同期してるんじゃないのっ!? だからあの時ずっと私の邪魔をしていたんでしょ!」
怒っているはずなのに、涙が止まらない。
悲しいはずなのに、怒鳴る声が収まらない。
聞き取りやすいとはお世辞にも言えない声で捲し立てる彼女のことを、アイは静かに見ていた。
ターコイズの瞳にノイカの姿が映り込む。
泣きはらして真っ赤に充血した目に、クマだらけの顔はお世辞にも具合が良いとは言えなかった。
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