第43話 セーフハウスにて
「待って!」
彼らの背中へ手を伸ばし、ノイカは声をあげて
彼女の瞳に移るのはセーフハウスの内装で、こちらの方が現実なのだとノイカは分かってしまった。
彼女はてっきり自分は死後の世界にでもいるのかと思っていた……いや、思いたかっただけかもしれないが。
彼女の視線の先にはクインとアイがおり、クインは心配そうに、アイは無表情でノイカのことを見ていた。
「ノイちゃん、大丈夫かしら?」
何かにうなされている様子で飛び起きたノイカのことを心配そうに見つめながら、クインがノイカへ声をかける。
ノイカはセーフハウスの中でクインとアイが二人そろっていることに疑問を持つも、起きたばかりの頭ではうまく処理しきれない。
「大丈夫……ありがとう、クイン……ところで、ここは……」
ノイカはぼんやりした頭のまま彼へそう問いかけると、彼はノイカの寝ていたベッドの脇に近づいて、彼女と目線を合わせた。
「ここはイーストエリアのセーフハウスよ。彼が運んでくれたの」
クインはアイの方を手で指すと、眉を下げて笑って見せた。
『アイが運んできた』と言う一文と共に、ノイカは自分が気を失う前のことを想起した。
聞こえて来るのは誰かの悲鳴と叫び声。
純白のステージが真っ赤に染め上げられて、手首から先がその上で跳ねる。
助けて、嫌だ。
そうやって懇願する声を嘲笑う頭のおかしい支配人と、うるさいぐらい大音量のBGMが煩わしい。
ノイカの視線の先には、胸を一突きされて絶命したアビーと、首を切られても尚、聴衆に晒されたリゼルが映る。
どうして。なんで。
品のない車へ吸い込まれていくカイトに、ノイカは手を伸ばして。
カイトも血だらけの腕を必死に伸ばしてくれるのに、それでも届かなかった。
無慈悲に閉じられた扉の中から、声も上げることなく串刺しにされた彼が解放される。
二の腕から下が欠損した右腕、瞳のなくなった穴だらけの顔。
重たくて、支えきれなくて、一緒に白いステージへと赤を撒き散らして倒れ込んだ。
甘ったるくて鉄臭い匂いが鼻腔に棲みついて取れない。
鳴り止まない拍手喝采が彼らの死を軽んじていて、厭悪だけしか覚えなかった。
狂った笑みの支配人に向けた殺意の濃さと、握った剣の感覚が嫌に鮮明に湧き上がる。
あの光景の全てがいっぺんに彼女の中へと流れ込んできて、胃から何かがこみあげて来た。
両手で口元を抑えた彼女にクインがすぐさま袋を差し出す。
お礼も言えぬまま袋を受け取った彼女は、耐えきれずに、その中へとそれをぶちまけた。
彼女が落ち着くまでクインは優しく背中をさする。
可哀そうに彼女の胃の中には対して何も入っていなかったようで、最後は辛そうに胃液ばかりを吐き出していた。
「クイン……あの、あの……!」
クインの顔を見た瞬間、ノイカは泣き出してしまう。
口の中に吐しゃ物の味と喉を切ったのか血の味が残って辛いというのに、彼女は言わなくてはいけないことがあると彼へ言葉を続けた。
「カイト達が……捕まって、わたし……私、助けなきゃって、それで……それで……!」
嗚咽を漏らす彼女の背中をクインは再度さする。
涙がとめどなく流れてくるも、ノイカはそれを拭うことすら忘れていた。
「助け、助け……! 助け、られなかった! アビーも! リゼルも! ……カイトも!」
クインは仲間たちの末路をどこかで察していたのだろう、驚いたり取り乱すことはなかったが沈痛な面持ちであった。
涙も鼻水も口に付着してしまった吐しゃ物さえそのままの状態で、ノイカは己を責め続ける。
どうして自分だけこの場に戻ってきてしまったのか。
どうして助けられなかったのか。
どうして、どうして。
サーカスの時と同じように、呪いの言葉が彼女を侵食していった。
「ごめ、ん、なさい……! ごめん、なさい……!」
彼女は赦しを得るためではなく、ただ何かを言わなくてはいけないと言う感覚から、クインへ謝罪をする。
求められていなくても、謝ることしかできないノイカを見て、クインは優しくノイカを抱きしめた。
「ノイちゃん、謝らないで……謝らなくて、いいのよ。誰も貴女を責めないわ……」
クインはベッド近くのテーブルに置いてあったタオルで、彼女の顔を拭いてやる。
タオルがじんわりと次々に溢れてくる水を吸い取っていくも、彼女の瞳から涙が枯れることはなかった。
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