第40話 貴方だけが希望
アイは何の躊躇も見せず、ただ先を目指す。
彼がアンドロイドであるために恐怖と無縁なのは当然と言えば当然なのだが……。
ノイカには『人間らしい』と判断されていた彼もまた、アンドロイドという存在なのだと体現しているような反応であった。
ふとアイの体にまとわりついていた電波が消える。
この電波はセントラル内に漂っているものであり外部からの通信を遮断するものなのだが、どうやらセントラルの警戒網を抜けたらしい。
ということはここから先がイーストエリアになるという訳だ。
先ほどと変わりなく進むアイだったが、異音を拾い立ち止まる。
耳を澄まさなければ聞こえないぐらい小さな音だったので、静かなダクト内でなければ聞こえなかっただろう。
アイは一度ノイカをその場に下ろし、周辺をくまなく確認する。
追手のアンドロイドかと思われたのだがそうではなく、足元にいる彼女が装着していたイヤホンから聞こえてきているようで、アイは音がくぐもって聞こえている理由がやっと分かった。
電子音が鳴っているというのに彼女は一向に目を覚まさない。
アイが強く衝撃を与えたせいなのか、それとも単に疲れているのか、はたまたその両方なのか。
アイはノイカを起こすことなく、彼女の耳につけられた小型イヤホンを取り外し自身の耳につけた。
「――ちゃん! ノイちゃん! 聞こえるかしら!」
イヤホンを完全に装着していない状態だというのに、ノイカの名前を呼ぶ男性の声が聞こえる。
彼女のことを心配しているのだろう、ノイズに交じった声からは切羽詰まった印象を受けた。
「初めまして。キミはノイカの、仲間?」
「その声……それにこの生体コード……貴方、アンドロイドね?」
「そうだよ。ボクはアイ。よろしく」
突然自己紹介を始めるアイにクインは困ったような反応を返す。
通信越しの彼はアンドロイドが自分に何故、友好的なのだろうかと疑問に思っているのだが……そんなことをくみ取れるわけもなくアイは続けた。
「ノイカは今気絶しているから、彼女の代わりにボクが出たんだ」
「……そうなのね」
少しの間の後、彼はそう答える。
「何が目的なの」と言われると思っていたアイは思ったことをそのまま彼にぶつけた。
「キミはボクを疑わないんだね」
「半信半疑ってところよ。ノイちゃんのバイタルが……多少乱れてはいるけれど、生命の危機を訴えるものではなく、全体を通して見ると安定している。だから今、貴方が彼女に危害を加えていないっていうのは分かるわ」
「遠隔なのにそこまで把握できているんだ」
「まあね」
クインからはアイに対して全く敵意を感じない。
人間……特にレジスタンスたちにとってはアンドロイドなど忌み嫌う存在のはずだ。
実際、ノイカと初めて出会ったときも彼女はアイに対して敵意をむき出しにしていたし、それにあのショーで引き留めた時も彼女はアイへ侮蔑と嫌悪の眼差しで睨んでいた。
それは彼女がカイト達を救おうとサーカスに来ていたのに止めたから返って来た反応で、仕方のないことだったとは言えるが……。
とにかくアンドロイドに偏見を持たず話をする人間はアイにとって不思議な存在だった。
「それに……作戦が失敗してほとんどの仲間と連絡が取れない状況で、彼女の端末に通信できていること自体が奇跡みたいなものなのよ。仮に貴方が悪いアンドロイドだったとしても、今は貴方だけが希望だもの」
希望と言われてアイは思う。
単語としての知識は勿論彼のデータベースにもある。だが、彼はアンドロイドという存在だから感情というものを理解するのが難しかった。
概念は知っていても、実際に感じることができないのであれば意味がない。
それでも、そんなアイが一つだけ分かるのは、クインが彼のことを頼りにしている事実だった。
「安心して。ノイカに危害を加えるようなことは決してしていない」
「その言葉、信じるわね」
『アンドロイドには心が存在しない』、それは養成所にいた教諭役のアンドロイドが言っていたことだ。
だったら何故、今アイはクインを安心させるために気遣った言葉を投げたのか。
どうしてショーの最中、ステージ中央へ飛び出していったノイカを助けたのか。
本当に教諭役のアンドロイドが言うように『アンドロイドに心が存在しない』のならば、どうしてアイはクインやノイカのために行動したのだろう。
アイにはそれが全く説明できなかった。
そんな風にアイが考えている間に、段々と通信中のノイズが増えていく。
端末のバッテリーの限界なのか音が途切れ途切れになる中、彼は何とかアイに話しかけた。
「そこ……まっすぐ行ったところ……セーフハウスが……」
「真っすぐ。わかった」
「……ノイ……よろ……」
ぶちり、と音を立てて通信が切れた。
最後のほうは聞き取れなかったが、恐らく「ノイちゃんをよろしくね」と言っていたような気がした。
地面に寝かせていた彼女を再度担ぎ上げる。
アイは先ほどまでは何も感じなかったというのに、今は何故か彼女の体がやけに軽く思えた。
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