第38話 厭悪(えんお)の果て

「彼が最後の瞬間まで声を上げなかった、ショーが台無しになるところで割り込む貴女のアドリブ! レイクエムなのに悲鳴うたが聞こえないと意味がない、そのことをよく理解した最高の演出!!! 感激が止まりません~!」 


 ぺらぺらと御託を並べる耳障りな口を一刻も早く閉じさせて、今度はこいつを同じ目に合わせなければ気が済まない。


 思考するよりも早く、彼女の体が動いた。


 ノイカはカイトを静かに床へと寝かせると、ゆらゆらと覚束ない足取りでラディに向かって一歩ずつ進んでいく。


「……してやる」


 ぼそぼそと呟く彼女の声は誰にも届かず、拍手にかき消される。


 ゾンビのように上半身を揺らしながら歩く彼女の動向など目にも入らないラディは、熱が収まらないと言いたげに語ることをやめない。


「貴女の声は実にドラマティックで、フィナ~レにふさわしかった! 予期しないことが発生する! これが舞台の醍醐味と言っても過言ではありませんね~!」

「……してやる」


 彼女の視界の先では、アビーとリゼルの肉塊が無慈悲にも袋に詰められている。

 要らないものを捨てるのは当たり前のことだろうと言わんばかりに、乱雑で適当に扱われていた。


 それを見たノイカはまたも言葉を呟くも、そんなことなど気にも留めず、ラディはしゃべり続けている。


 殺意を向けられていることにも気が付いていないのか、はたまたそんなことを些事だと言いたいのか。


 先ほどまでの舞台がどれほど傑作だったのか上機嫌に、くるくると回りながら事細かに説明していた。


「助演女優賞を差し上げたいぐらい感動的でした~!」

「……殺してやる!!!!」


 ノイカは『レクイエム』が始まる前にラディがステージ中央に突き刺した剣を抜き取り構えた。


 彼女の殺意と憎悪に染め上げられた声は人間であれば委縮するぐらい恐ろしいものだったというのに、ラディには全く届いていない。


 機械には彼女の感情など分からないのだろう、ノイカの目の前のアンドロイドは尚もくすくすと笑っていた。


「いけないですよ~。もう舞台は幕引きしているのに~」


 ノイカは鉈や槍を持つアンドロイドたちに囲まれた。


 アビーとリゼルの血でべったりと濡れたそれが、先ほどの場面を想起させる。


 彼女の耳に彼らの最後の声がこびり付いて、離れない。


 その一瞬のうちにステージ上にいたすべての個体がノイカの周りに集まって来ており、絶体絶命という言葉を体現していた。


「折角の女優を潰してしまうのはもったいないけど、仕方ない。悪く思わないでくださいね~!」


 ラディが指示を出すと、アンドロイドたちは一斉にノイカへと襲いかかって来る。


 拍手が鳴り響く中、まるでノイカが死ぬことも見世物の一環として求められているかのような温度感を醸し出していた。


 ―どうせここで死ぬなら! 仇を打ってから、死ね!


 死ぬことに対する恐怖など微塵も感じていないノイカは、臆することなく両手で剣を握り直した。


 眼前に鉈の刃が迫る。


 その攻撃をいなすため、彼女は一歩前へと踏み込んだ。



 ……突如、敵の動きが止まった。


 目の前のアンドロイドは手に持っていた武器から手を離し、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れこむ。


 その個体だけではなく、彼女の周りを囲んでいた全ての個体が皆、成す術なく床へと投げ出されていたのだ。

 ラディも例外なく、手に持っていた斧と一緒にその場に大の字で倒れこむ。


 これも何かの罠かとノイカは思ったのだが、数秒経過しても攻撃しようとしてこないため、どうやらそうではないと分かった。


 明らかに演出ではない事故とも言うべき状態なのに、ラディは愉快そうに笑みを浮かべていた。


「殺してやる」


 この状況は彼女にとって、またとない好機だった。


 倒れ伏すアンドロイドたちをわざと踏みつけて、彼女は仇の元へとたどり着く。


 ラディはノイカに向かって口を動かしていたが、音声機能も一時的に駄目になっているのだろう、声が発せられることはなかった。


 何を言われようとも彼女の決意は変わらない。


 膨れ上がった憎悪はとどまることを知らず、彼女の頭ははただ一つ、このアンドロイドをことだけで埋め尽くされている。


 ノイカはラディに侮蔑の視線を送ると両手で剣を振り上げるが……それが振り下ろされることはなかった。


 ノイカは首の後ろに衝撃を感じると、視界が勝手に傾いていく。


 それと同時に彼女の手から力いっぱい握っていた剣が滑り落ちた。


 カラン、と音を立てて落ちた金属の音が拍手の中なのに嫌に響いて聞こえて来る。

 全てがゆっくりとした動きに感じる中で、ふと誰かの腕がノイカに伸ばされた。


 ステージ上のアンドロイド、狂気の笑みを張り付けた虐殺ショーの支配人が倒れ伏す中でノイカの体が宙に浮く。


 誰かに抱えられる感覚のまま彼女の視界に入ったのは、まだ演目の続いていると勘違いしている観客アンドロイドたちと、俯くだけの人間たち――。


 そして彼女を静かに見つめるアイの姿だった。

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