第36話 『レクイエム』
「でもね。お兄さんがどんなに我慢しようとも、僕はこのステージを完璧に仕上げなくちゃいけない……な・の・で! 最終兵器を使っちゃいましょ~う!」
ラディの掛け声とともに、バックステージから一台の大きな車のような乗り物がやって来た。
スケートリンクの氷を整えるための製氷車のような出で立ちだが、車体の構成が全く違う。その車はカイトの後方に停まると、苦しそうな音を鳴らしてから観音開きでフロント部分を開いて見せた。
中は人がすんなり入れるほどのスペースがあったが、ラディが得意げに指を鳴らすと一気に空洞だった部分から針が出てきた。
針と言っても細いものではなく、直径五センチほどの巨大なものだ。
数えるのも億劫なぐらい無数の針があちらこちらから突き出しており、見るからに拷問器具のような出で立ちであった。
「これならきっとお兄さんも声を出したくなっちゃうでしょ~う! ……ねっ?」
再度ラディが指を鳴らし針を収納させる。
その音が聞こえた途端、ノイカはアイを押しのけてステージへと飛び出した。
アイが力を弱めた訳ではない。
火事場の馬鹿力というべきか、ノイカは彼女が出せる以上の力を出して、アイの拘束を抜け出したのだ。
これはアイも流石に予測できなかった。
「待って、ノイカ!」
彼の制止の言葉など今の彼女の耳には届かない。
気持ちに脚がついていかず、何度も転がりそうになる身体を支えながら階段を駆け下りていく。
こんなにもノイカがイレギュラーな動きをしているというのに、観客たちはまるで彼女がそこには存在しないものかのように何の反応も見せなかった。
――どうして。
人の自由を望んだ、ただそれだけだというのに、命を見世物にされて弄ばれなくてはいけないのか。
先のオークションで殺されていった仲間たちの悲惨な最期が彼女の脳裏にフラッシュバックする。
――どうして。
一番近くにいた仲間が、大切な人が、まるで価値のないもののように扱われている。
どう考えたって可笑しい状況が現実として存在している。そのこと自体が間違えているだろう。
――どうして、どうして、どうして、どうして!!
彼女の頭は呪いの言葉で埋め尽くされる。
どうして自分たちが、どうして仲間たちが、どうして、どうして。
世界のすべてを憎み、自分たちを加虐するすべてに対し憎悪と嫌悪が入り混じる。
力強く歯を食いしばったからか彼女の口の中に鉄の味が充満するも、そんなことは些事だと言わんばかりに彼女は足を止めることなく走った。
「さあ! ショ~もクライマックス~! それでは皆さま、答え合わせと参りましょう!」
ラディの掛け声とともにアビーとリゼルのもとに配置されていたアンドロイドたちが動き出した。
アビーに馬乗りになっていたアンドロイドが彼女を両手で横抱きにすると、台の一番端へと彼女を連れて行き、彼女を床へと落とす準備を整えた。
その真下で、先ほど飛び降りたアンドロイドが槍の矛先を彼女に向けているも、アビーの位置からは死角になっていて全く見えていない。
リゼルの元には黒子のアンドロイドが数体配置についており、彼を無理やり押さえつける。
多勢に無勢、リゼルは抵抗していたが、あえなく膝をついてしまった。
そして先ほど同様、鉈を持ったアンドロイドが彼の後ろに立ち、彼の首にそっとそれを添えた。
乾ききらない血が刃の流れに沿って彼の首を伝う。ぽたり、と床へと落ちた赤がどこまでも白いキャンバスに絵を描いていた。
唇を震わして、リゼルは涙を流す。
透明な雫と赤が混じって、じわじわと色が滲んでいった。
「演目は『レクイエム』、儚く散った同胞たちへの鎮魂歌でございます~!」
ラディがマイク越しに高らかに告げると、流れていたBGMがコーダへと突入する。
それと同時に、開いた車の中から黒いベルトのようなものがカイトの腰に巻きつき、そのまま彼を車の中へと引きずり込んだ。
作られた笑顔を顔いっぱいに貼り付けてフィナーレを迎えようとするラディの顔からは感情というものが欠如していた。
口では『レクイエム』ともっともらしいことを言っているが、ラディはカイト達に罰を与えるためではなく、ショーを遂行するために殺そうとしている。
ただそれだけの理由で彼らに死をもたらさんとするのだ。
怒りも憎しみも殺意もない。そこにはただ虚無だけが存在していた。
「助けてっ! 助けてっ!!!! お父さん!!!!!!」
泣き狂うアビーに目もくれず、アンドロイドは彼女の体から手を離す。
その下で待ち構える矛先は一寸の狂い無く彼女の心臓を穿った。
「……にたくない……死にたく、ねえよぉ!!」
リゼルの命乞いも空しく、彼の首は胴と泣き別れてしまった。
アンドロイドは血だらけの鉈を彼の落ちてしまった一部へと突き立てると、それを
まるで魔王の首を取った勇者のような、そんなポーズで彼を聴衆へ晒した。
阿鼻叫喚のステージへノイカはようやくたどり着く。
呼吸もままならず肺が苦しいというのに、彼女はそのこともいとわずに真っすぐカイトの元へと走った。
彼の特徴的な金の瞳が見開かれ、彼女に何かを伝えようと口を動かすも、彼の枯れた喉から声は聞こえない。
「カイトっ!」
ノイカはカイトへと手を差し出す。
彼も答えるように血だらけの
見計らったように車のドアが閉じた。
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