第35話 軽くなって、重くなる

 ラディは満足したのかアビーのもとから離れ、階段を使うことなく、台から飛び降りる。それに続くように、アビーの腕を押さえつけていたアンドロイドが台から飛び降りた。


 アンドロイドは着地すると、足元に置いてあった槍を手に持ち、そのままそこに待機する。それを確認したラディは移動を始めた。


 その間にもショーは進んでいく。


 メインキャストの移動中に客を飽きさせないようにと、やはり黒子のアンドロイドたちが等間隔でステージ上に配置につき、ダンスを披露していた。


 観客たちは次のに胸を躍らせているかのように前のめりでステージを凝視しているが、そこに表情や熱と言ったものは存在していない。


 ラディはバックステージから走って来た黒子のアンドロイドから先ほどの『悲愴』で使用した斧を受け取ると、カイトの方へと近寄ってくる。


 レジスタンスの仲間の首を切った際に付着した血液は綺麗に拭き取られており、鈍色に輝く刃が次の獲物に狙いを定めていた。


 またリゼルの傍にはラディとは別のアンドロイドがすでに配置についており、手に大型の鉈のような刃物を持っている。


「やめろ、やめてくれ、こっちに来るなああ!!!」


 リゼルが泣き叫びながらなんとか体をアンドロイドから遠ざけようとあがくも、それは叶わない。


 数体のアンドロイドが彼を身動きできないようにしているのだ。そして彼の腕を胸の前で真っすぐ伸ばす形で固定している。


 それはリゼルだけではなく、カイトもまたアンドロイドに拘束されていた。


 そんな彼らをあざ笑うかのように、ラディは軽々と斧を頭上に構えると、リゼルの悲鳴に被せてこう言った。


「さぁ! せぇ~ので行きますよ~! せ・え・の!」


 ラディの掛け声と共にリゼルとカイトは


 もっと具体的にいうなれば指先から肘までの間が軽くなったというべきか。


 グチョッという音と一緒に液体をまき散らしながら何かが落ち、せ返るほど鮮やかな色に染まったそれが彼らの視界に入り込む。


 先端にあるはずの存在が切り離され、彼らはすぐに痛覚を覚えた。


「あ゛あ゛あ゛!!!!!」

「……ッ!」


 潰れた蛙のような声を上げるリゼルと、叫ぶことなく耐えているカイト。


 両者とも同じ目に合っているというのに、態度は正反対であった。


 ノイカはカイトに刃が振り下ろされた瞬間、思わず目を瞑ってしまう。

 切断されるところを見ていなかったとしても、次に瞼を開いた時にそれがなかったことにはならない。


 彼女が開いた視線の先で、カイトは血だらけになりながらもラディを真っすぐ見据えていた。


 ラディは自分の眼前にいるカイトを冷ややかな視線で見下ろす。

 その顔からは楽しそうな貼り付けた笑みが消え失せていた。


「お兄さ~ん、どうして耐えちゃうんですかぁ~? せっかくここからが見せ場だっていうのに~」


 遊びの邪魔をされた子供のような口調でラディは文句を言う。温度など感じない機械の声のはずなのに、妙に冷たい印象を受けた。


 つまらなさそうに唇を尖らせているが、真顔でその表情を作っているため、感情と表現している顔にミスマッチである。


 カイトは痛みに堪え、声を絞り出した。


「……ッだって、叫んじまったら、あんたの、思うツボ……だろ?」


 ラディはその一言に今度は大げさに驚いたようなジェスチャーをして見せた。

 以前真顔のままその動きをしているのだが、ラディ自身は非常に驚いているらしく、重たそうな斧をいとも簡単に振り回していた。


「もしかして、演目が分かっちゃいましたか~! ケネンが言っていた通り、本当に察しのいいお兄さんですね~」

「そりゃ……どーも」


 嚙みしめているからだろう、カイトの唇は切れて血が滲んでいる。

 顔中に汗が滲み、息も荒くなっているというのに、彼は痛いだとかそういう言葉を吐くことはなかった。


 そのカイトの様子に、ラディは再度笑みを貼り付けた。

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