第34話 怒りと呵責のせめぎあい

「離してっ! 離してよっ!」


 黒子アンドロイドがアビーの両脇を掴み、彼女のほど近くにいつの間にか設置された台の上へと彼女を引きずっていく。


 台と言っても地面から数メートルほど高さがあるため、頂上に行くまでに階段が設置されており、アビーは両腕を拘束されたままの状態でそこを登らされていた。


 階段を上りきったアンドロイドたちがアビーを乱暴に台の上へと突き飛ばす。


 腕の自由を奪われた彼女は押された衝撃のまま、顔から倒れ込んでしまった。

 そんな彼女の上に黒子アンドロイドのうちの一体が跨ると、彼女の腕の拘束を解いた。


 、彼女を解放するためではない。


 そしてもう一体の黒子アンドロイドが彼女の右腕を前に突き出させる。

 どうやらここまでが準備の段階だったらしく、アンドロイドたちはラディへと視線をやった。


 ラディはステージを横断し、アビーのいる台のところまで走ってくる。


 そしてスキップをするように階段を上りアビーの目の前に立つと、倒れ伏す彼女と目線を合わせるようにしゃがんで小首をかしげた。

 にこやかに笑うラディのあまりにも柔和な雰囲気に、アビーは思わず毒気を抜かれる。


 だがそれは束の間の事であった。


「同胞たちの声がする」


 ラディは笑みを絶やすことなく言葉を呟いた瞬間、スピーカーから流れていた曲調が一気に変わった。


 讃美歌のような音楽で、パイプオルガンが伴奏を奏でた後、女性コーラスが歌唱し始める。


 ノイカの知らない言語で歌う女性の声はとても神秘的だというのに、今この場との乖離が激しく、狂気を孕んでいるように聞こえた。


「な、なに……?」

「殺せと耳元でささやくんだ」

「なに……言って……るの……?」


 アビーはアンドロイドが何を言いだしたのか分からないと顔を歪ませる。

 張り付けたような笑みを尚も続けるラディは着実に彼女へ恐怖を植え付けていた。


「祈ってるんだ。彼らは求めているんだ」


 讃美歌の響き渡る中、ラディはアビーの前で膝を着くと、両手を胸の前で組み、祈るようなポーズをした。

 その光景はラディの見た目も相まって、天からの遣いのようである。


 ラディは組んでいた己の手を解くと、黒子のアンドロイドに押さえつけられているアビーの右腕へと触れた。


 慈しむようにその上をなぞっていき、彼女の手の甲まで滑らせる。


 そして、彼女の人差し指を優しくつかんだと思えば、何の前触れもなく本来ならば曲がらない方向へ彼女の指を思い切り曲げた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 予期せぬ激痛がアビーを襲う。


 アビーはラディの動きをつぶさに見ていたが、彼女にも全く想像できない行動だったのだ。


 痛いと分かっていれば準備もできただろうが、それも出来ずに彼女は苦痛に藻搔く。

 今まで聞いたことがないぐらい彼女の大きな声がドーム状のテント内に良く響いていた。


 ぼたぼたと大粒の涙が彼女の頬を伝って床に落ちるさまをラディは依然として笑みを絶やさずに眺めていた。


「痛いッ痛い痛い痛い痛い!!!!」

「もっと聞こえるように、天まで届くように! さあ!」


 ラディは無理やり彼女の腕を天高く持ち上げる。


 勢いをつけすぎたせいか、BGM越しだというのにアビーの体から骨と骨がずれる音が聞こえてきて、彼女の口から悲鳴がまた聞こえてきた。


 その状態でラディは一本、一本と彼女の指を折っていく。


 右の腕の指がなくなれば、今度は左の腕を差し出させて、尚もその行為を続けた。


 叫び続ける彼女の声が大きくなるにつれて、ラディは広角を深くする。そしてやめることなくアビーの両手の指を全てへし折った。


 こんな光景を見させられてノイカは黙っていられるわけもなく懸命に彼らのもとに行こうとするも、やはりアイの力に勝てずにいた。


 ――このッ! こいつッ!


 口元も抑えられてしまっているために大声を出すこともできない。

 ノイカが彼らのために出来ることが限られているというのに、それすらもさせてもらえない現状にノイカは怒りを覚える。


 ――何が協力よ!みんなを助けようともしないじゃない!!


 どうしてアンドロイドなどを信じてしまったのか。

 やはり所詮は造り物、人間の気持ちなど分かりもしないのだとノイカは心の中で毒を吐く。


 彼女の頭はアイへの……アンドロイドへの負の感情で溢れかえっていた。


 ノイカから睨まれ、暴れられても、それでもアイはノイカを放そうとはしなかった。

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