第32話 望んでいなかった光景

 腕を掴んでも尚それを振り払おうとするノイカを見て、アイはこれだけでは止まらないと判断したのか、背後からノイカを羽交い絞めにして動きを止めた。


 彼女もそれで止まってやる気などなく、叫ぼうと息を吸い込むも、アイに口をふさがれてしまって上手く声が出ない。


 観客たちはステージに夢中になっているから、彼女たちの奇行に気が付くものは誰もいなかった。


「ノイカ、落ち着いて。今行ってもキミの死体が増えるだけだよ」


 アイの言っていることは正しい。

 正しいことを言っていると、ノイカの動きが自殺行為なのは彼女にだってわかっていた。


 それでも感情は目の前の出来事と頭の中で並べた最適解を上手く処理できない。

 正論は正しいことだとしても、それで人の心が制御できるわけではないのだ。


 背丈はノイカとほとんど変わらないというのにアイはいとも容易くノイカを抑えており、力づくで振り払おうとしても彼女の力ではびくともしなかった。


「皆さま、いかがだったでしょうか~? 前座にしては中々の出来だったと自負しております!」


 じたばたと藻搔もがく彼女の耳にラディの楽しそうな明るい声が聞こえてくる。


 真顔で人の首を切った後とは思えぬほどに笑顔ではあったが、アンドロイド特有のつくられた笑みであり、それが一層不気味さを醸し出していた。


 彼女たちがステージから目を離した数秒のうちに、先ほどまでステージ中央に一列に座っていたはずの人々は首を切られ、観客の視線に晒されている。


 どの顔もみな苦痛と恐怖に歪んでいて、どうしたって心安らかな最期ではないことは確かだった。


「さあさあさあ! 舞台がい~い感じで温まったところで、ここからがメインディッシュでございます! 瞬き厳禁ですので、目をかっぴらいてよぉ~く! ご覧くださいませ~!」


 ラディは顔にかかった血液を乱雑に拭うと、決め台詞を放つ。


 その掛け声とともにラディは一旦ステージを離れ、黒子のアンドロイドたちがステージ上に転がっていた肉塊を掃除していた。


 付着したばかりの赤色は、いとも簡単に片づけられていく。

 そこで何人もの命が散ったという事実も一緒に消されていくようで、あまりにも惨たらしかった。


 綺麗になったステージに、服を着替えたラディが再度登壇する。


 はバックステージへと下げられ、それと入れ替わりで三つの人影がテントに入って来た。


 スポットライトに照らされた彼らに、ノイカは目を見開いた。

 焦りと緊張で彼女は自分がちゃんと呼吸できているのかさえも分からなくなっていく。


 オークションにかけられた八人のように真っ白い服を着させられており、腕を前で拘束された状態で、三人はステージへと連れてこられてきたのだ。


 リゼルとアビーは顔面蒼白のまま乾いた唇を震わせている。

 カイトはそんな二人とは対照的にただ一人、まっすぐとステージを見据えていた。


 そんな当たって欲しくなかった予想が現実の出来事として彼女に迫って来る。


 会いたかったのに、会いたくなかった。

 悪い夢だったならどんなによかったことか。


 ノイカは無意識のうちに両の手を胸の前で組んでいた。

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