第31話 オードブルの加減はいかが?
一番目の女性の競りを皮切りに、八人のオークションは進んでいった。
人を商品として扱う光景にノイカは嫌悪を隠せない。
それ以上に何もできない自分の無力さに打ちのめされていた。
観客のアンドロイドたちは皆、ステージに釘付けになっている。
感情などないというのに、どうしてそのような反応をしているのかは全く分からないが、表情が変わることなく中央ステージの様子をつぶさに見つめていた。
アンドロイドに連れられてきた人間たちは目の前の光景から逃避するように、依然地面を見続けていた。
「皆さま、ほかに買いたい子はいませんでしょうか~?」
ラディの空回りなほど元気な声がドーム状のテント内に響き渡る。
彼は中央のステージから観客席を確認するも、誰一人として手を上げているものはいなかった。
「よろしいですか~? 閉め切っちゃいますよ~! ハイ! ではオークションは以上をもって終了となりま~すっ!」
八人のうち二人は
売れ残ってしまった彼らは息をすることすらままならない。
この先の自分たちに待つ展開が分からないのだ、彼らは観客席から見ても分かるほどに震えていた。
「……ハイ! では皆様お待ちかね! ここからは観劇のお時間となりま~す! いえ~い!」
買われた二人の仲間たちがアンドロイドに引きずられてバックステージへと連れて行かれる。
彼らが中央のステージから消えると同時に、オークション時に流れていた軽快なBGMがパツッと消えた。
音楽がなくなったことにより、先ほどまで騒がしかった観客席が一気に静まり返る。
「メインの前のオードブルと言いますか。今から始まるのはちょっとした『
にこにこと笑顔を張り付けていたラディの広角から力が抜けた。
そして先ほどまではステージ全体を照らしていた光が今はラディのみを照らしている。
耳にかけられたマイクの位置を整え、つぶやくような声でラディはこう続けた。
「演目は『悲愴』。それでは皆さま、お楽しみください」
静かになっていたスピーカーからシックな曲が流れてくる。ゆっくりした音調は劇の始まりというにはあまりにも静かだった。
先ほどまで明るい雰囲気で振る舞っていたラディも役に入ったようで、バックステージから出てきた黒子のアンドロイドから仰々しく大きな刃物を受け取った。
斧のような形状だが、刃の部分が嫌に分厚い。
その間にステージ中央に一列に並ばされた六人は、『売れ残り』という看板を首にかけられた。
正座のような体制にさせられて、手は連れてこられた時と同じように体の後ろで縛られたままになっている。
彼らは看板を掛けられると同時に苦しそうに身をよじっており、どうやら看板は見てくれ以上に重さがあるようだ。
頭を上げることもできず、彼らは地面を見るほかない。
そんな状態になっている彼らの後ろを、ラディが斧の刃をわざと引きずりながら歩き始めた。
純白のステージに金属のこすれる音が鳴り響き、それがステージ上の六人の恐怖と、観客席にいるアンドロイドの期待値を煽っていく。
ピタリ、とラディが一番右端にいた男性の後ろに立った。
男性は何故自分の後ろに影がかかったのかを察したようで、驚愕と恐怖に顔を歪ませた。
「いやだっ! いやだぁ……!」
ラディが振り下ろした斧は的確に男性の首へと向かっていく。
音を立てて看板が落ちていき、そして別の何かがそれを追いかけた。
男性の左側にいた女性は下しか見ていないはずなのに、悲鳴を上げた男性と目が合う。
醜く見開かれた目で苦悶の表情を張り付けた彼はもうこの世にはいない。
ゴロゴロと彼女の眼前を汚しながら転がっていく様に、次は自分の番なのだと彼女は直感的に分かってしまった。
「いやああああ!!!!!!」
自分の末路を察した彼女の思考は恐怖に塗り固められ、抑えきれない涙がぼたぼたと赤の中に落ちていく。
顔をぬぐうこともできず、ただ泣き叫ぶ。
嗚咽を漏らした瞬間に彼女は息ができなくなった。
苦しみから解放されたくて、どうにかしたくて手を首へと運ぼうとするも、腕を後ろで拘束されているのでそれも叶わない。
彼女の腕はバタバタと要領を得ない動きを数回してピタリと止まる。
水溜まりで何かが跳ねる音を聞きながら彼女は意識を手放した。
ラディは並べられた人間に見えるよう、わざと斧についた血を払う。
白いステージが仲間の血で汚れていく様を視界に入れた彼らは、嘔吐するものや涙を流すもの、中には失禁してしまうものもいた。
先ほどまであんなに明るい調子だったラディの顔は、同一人物とは思えないほど冷徹でいて無機質だった。
悲鳴と耽美なクラシックが合わさるカオスな状況を観客のアンドロイドたちはただ見つめ、行方を見守っている。
アンドロイドに連れてこられた人間は誰一人としてステージを視界に入れておらず、この地獄の光景が早く終わってほしいと願っていると言わんばかりに、皆顔を覆っていた。
一人死ぬ度に場の熱量が増していく。
人の命が理不尽に刈り取られているだけだというのに、アンドロイドたちはこれがお芝居なのだと、彼らに供給されるべき物語なのだと、ただ観客としての役割を果たしていた。
――人の……人の命を、なんだと思っているのよ……!
仲間たちが惨めに殺されて黙っていられず、ノイカはステージのほうに向かって反射的に体を動かすも、またもやアイに止められてしまった。
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