第28話 ショーへの誘(いざな)い

 壁の中、『FIエリア』はノイカが想像しているよりも広かった。


 大きな一本道が特徴的でそれを囲うように出店のテントがひしめき合っているが、出店といえども食べ物類は売っておらず、何かも分からない土産のようなものばかりが並んでいた。


 まるで出店が存在しているという事実を作り出すためだけにつくられたかのようなちぐはぐな印象だ。

 道の先には大きな白いテントが張られており、恐らく『サーカス』という名前はこれが起因してつけられたのだろう。


 外からでは分からなかったが、ノイカたち以外にも大勢このエリアに来ているのが分かった。


「大物だって」

「楽しみねぇ」


 肉声に限りなく近い機械音で話す彼らはまぎれもなくアンドロイドで、どうやらショーを見るためにこのエリアに集まってきているらしい。


 アンドロイドの中には人間を連れてこの場所にいるものも多くいた。


 連れてこられた人間たちはみすぼらしい姿をしている者から、上物を着せられている者まで千差万別で、中には首輪でつながれた人間もいる。ただどの人間も生気のない顔でアンドロイドについて回っていて、その姿はまるで亡霊のようであった。


 ――一歩間違えれば、私もあっち側だった。


 あくまで人間はアンドロイドの所有物なのだと言わんばかりの風体にノイカは酷い嫌悪感を覚える。

 自分ももしかしたら同じ目に合っていたのかもしれないと思うだけでうすら寒くなるのを感じていた。



 大通りの他にも何本か道があるようだったが、出店があるわけではないようだ。


 ふとノイカがやった視線の先に少女がいた。


 どうしてあんな場所にと思ったのも束の間、少女は三人の男たちに捉えられて、両手足を縛られてしまう。


「おい! 商品なんだ、傷をつけるなよ!」


 男の中の一人がそう声を荒げている。

 ノイカのいる場所からでもよく聞こえるというのに、誰一人として少女を助けようとするものはいなかった。


 ノイカは少女と目が合う。

 大きな瞳から涙が零れ、血のにじんだ唇が懇願するように何かを呟いていた。


 ノイカが駆けだしそうになるのを察したのか、アイが彼女の手を掴んだ。


「ノイカ、あまり顔をあげない」

「……っでも!」

「キミは、仲間を助けに来たんでしょう」


 アイに忠告されノイカは少女から視線を逸らす。


 本来だったらノイカは少女のもとへ走り出していただろう。踏みとどまったのは明らかに場違いだとノイカが理解していたからだ。


 周辺には警備用アンドロイドの姿が複数確認でき、今ノイカが少女のもとへ飛び出してしまえば一瞬で捕まってしまう。こんなところで捕まるわけにはいかなかった。


 ノイカは許されないと分かっていても心中で少女に対して謝り続ける。

 顔を背ける瞬間に見えた少女の絶望した顔がノイカの脳裏から離れてくれない。


 そんな彼女たちをあざ笑うかのように、中央のテントへ誘うようにつけられた電飾がゆらゆらと揺れていた。


『レディ~ス、ア~ンド、ジェントルメ~ン! 皆さまに忘れられぬショーをお届けする、フラウィウス・カンパニーで~す!』


 大通りに設置されたスピーカーから突如、放送が流れる。


 調子はずれに明るい声はこの場所と今の状況にまるであっていない。違和感を通り越して不気味さが醸し出されていた。


『当劇団支配人より、ショ~開催の三十分前をお知らせしま~す! 皆さまチケットをお手元に用意して、テントにお集まりくださぁ~い!』


 音源が大きすぎるためか音割れしてしまっているも、声の主はそんなこともいとわないと言いたげで、楽し気に言葉を続けた。


『ち・な・み・に! 今日はビックイベントがありま~す! 皆さま、楽しみにしてくださいませ~!!』


 上機嫌な案内が終わるとエリアにいた全員が移動をはじめ、大通りにテントへと向かう波ができる。


 ノイカとアイもまるで先ほどの声に誘われるかのように、どちらからともなくその波に加わるために足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る