第27話 チケット売り場
壁につけられた粗末な足場を昇り、彼女たちは地表へとたどり着いた。
セントラルエリアは四方を塀に囲まれており、その中央にセントラルタワーが鎮座している。
それとは別の壁がノイカたちの目の前に存在しているのだが……これがアイの言っていた『FIエリア』と言うことになるのだろう。
ノイカたちのいる場所からでは壁の中がはっきりとは見えなかった。
迷いなく進んでいくアイの後ろをノイカは追いかける。彼は『TICKET』と書かれた看板の下へ向かっているようで、ノイカは置いていかれないように彼の背中に続いた。
テーマパークのチケット売り場のような見た目であったが、それよりももっと質素で簡潔な作りをしている。
アイはガラス張りになっている窓口の前に立つと、その中にいる何かへと話しかけた。
「アンドロイド一枚、奴隷一枚でよろしく」
アイの口から飛び出た『奴隷』という言葉に反論しそうになるも、アイが静かに目線を合わせてきたことにより、彼女は自分が今置かれている現状を思い出す。
後で絶対文句を言ってやろうと心の中で悪態をついていると、チケット売り場のガラス窓からにゅっと人影が現れた。
「旦那、お隣の可愛い子ちゃんは連れかい?」
小汚い布を被った手入れのされていない髭面。ガタガタの歯を見せて笑うこの姿はアンドロイドではない。
――人間……!? どうして、こんなところに……?
この場所にいる人間はAI統治国家の排除対象……つまり捕まったレジスタンスぐらいしかいないとノイカは思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
見た目から察するにあまりいい暮らしはしていない。だが無理矢理労働させられているのとは違う。憶測にはなるが、彼自身が自発的に行動しているように見えた。
男は先ほどからノイカのことを品定めするように上から下へ嘗め回すような視線を送ってきている。
癪に障る態度に対して口と手が出そうになるも、先程アイに『話さないほうがいい』と言われたばかりなうえ、今口を開いたらどんな罵詈雑言が出て来るか分からない。
ノイカは声を出しそうになるのを必死でこらえ、俯くことに徹した。
「うん。二人で入るからよろしく」
「良い趣味してんなぁ、旦那! 今日は
AI統治国家には人間以外の動物は存在していない。
ライオンやゾウといった生き物は全てデータ上の存在となっており、ノイカもホログラムで投影されたものしか見たことがなかった。
それ故、AI統治国家には正規のサーカス団というのも存在しているのだが、ショーの中で芸をするのは決まって人間であった。イメージとしては雑技団のようなものが近いだろうか。
サーカス団のメンバーの中には、罰を犯した人間や反AI思想を持ったと判断された人間……いわゆるこの社会においての軽犯罪者がいることもある。更生プログラムの一種らしいのだが、真偽は定かではない。
そのためFIエリアの『サーカス』も恐らく正規のサーカスと似たように人間が何かしらの芸をする内容になっているのだろう。
ならばこの人間が言っている『大物』というのは捕まったレジスタンスの仲間のことを指しているのではないか。もしかしたらそれがカイト達だという可能性も十分にあり得る。
ノイカははやる気持ちを抑えるように、ぐっと両の手を胸の前で握った。
「楽しんで来てな」
そう言うと男は汚れた手でチケットを二枚差し出して来る。
ノイカが怯えていると勘違いしたのだろう、愉快そうに顔を歪めて彼女のことを見ていた。
それはアンドロイドに蹂躙される人間を娯楽としてとらえているような表情で、同じ人間だとは思えない、むしろ思いたくないとまでノイカは思っていた。
――AI統治国家でのうのうと暮らしている人間よりも、もっとクズっているのね。
彼女は男を睨みそうになるも、こんなところで捕まるわけにもいかず、視線を下へと運んだ。
ヒヒヒッと下品に笑う男に見送られ、ノイカとアイは壁の中、『FIエリア』へと足を踏み入れた。
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