第26話 地表へ上がる前に

 曲がり角を曲がった先の行き止まりでアイは立ち止まる。彼のその行動からノイカはここから地表へ上がるのだと察した。


「ノイカ。キミはチップ処理をしている?」


 AI統治国家の管理下に置かれる人間は必ず頸椎けいついにマイクロチップを埋め込まれる。


 街中に存在するマイクロチップを読み取る装置やアンドロイドで情報をスキャンし、そこに個人情報と行動履歴の全データの書き込みを行うのだ。


 人間は国家に常に監視され、反AI思想を持っていると判断されてしまえば、即刻AI統治国家保全機構に拘束される。

 そうやってAI統治国家は人間の自由を奪ってきた。


「してるわよ」

「チップ残りがないか確認してもいいかな。うまく摘出できていない場合、破片が皮膚内に残っている可能性があるから」

「あれって特別な機械がないと確認できないんじゃないの?」

「ボクは元々カウンセリング型で作られた個体だから、マイクロチップを読み取るためのデバイスが搭載されているんだ」

「ふーん、そうなの。ま、あんたの気が済むならどうぞ」


 チップ摘出処理は、基本的に一部の特別待遇市民にのみ許されている行為である。


 合法で行われる手術に関しては術後傷跡など一切残らないのだが、非合法的にチップ摘出を行った場合はたいてい生々しい傷跡が残ってしまう。


 レジスタンスたちは皆、傷跡を隠すために髪を伸ばしたり、タートルネックの衣服を着用している者が多い。

 ノイカもそのうちの一人で、彼女の場合肩にぎりぎりつかないぐらいまで髪を伸ばし、傷跡を見えない様にしていた。


 髪をかき上げられた彼女の首に無機質な機械の手が添えられる。

 首という急所をさらけ出していることに少しの緊張感を覚え、彼女は無意識に身を硬直させてしまう。


 アイは首の後ろにまんべんなく手をかざして、チップがあるかを確認していた。


「スキャン完了。綺麗に取り除かれている」

「やたら手先が器用なヤツがいて、そいつにやってもらったのよ」

「人間は手先がボクたちに比べて器用ではないというデータがあったけれど、これは百パーセント正しい情報ではない。また一つ新しい知識が増えた」


 一人納得してアイは自分の頭に手を置く。


 恐らく今の情報を脳に搭載された記憶メモリに保存しているのだろうが……ノイカはアイに対して握手をした時から思っていたことをやっと口にした。


「……あんたの知識って偏りが凄まじいわよ」

「そうかな。今後引用する際は気を付けるね」


 チップがないことを確認できて満足したのか、アイはノイカの傍から離れた。


 アイがノイカの背後にまわった時に、ノイカは「もしかしたら」と思ってしまったこと情けなく感じた。

 信じたい気持ちとアイがアンドロイドであるという事実が天秤にかけられると、どうしても疑う気持ちが強くなってしまうのだ。


 きっと警戒するのは悪いことではない。万が一のことに備えているという証拠なのだから。


 ノイカは自分の感情を何とか飲み込み、深呼吸を一つした。


「ここから地表部に上がるけれど……一つ言っておくね」

「何かしら」

「ノイカは喋らないほうが良い」

「はあっ!? どういうことよそれ!」


 ノイカはアイの配慮のかけらもない言葉に激昂げっこうする。


 喋ると中身と見た目のギャップが激しいからという意味だったら彼女の地雷だったのだが、アイがそんなことを思っている訳もなく、淡々とその先を述べた。


「アンドロイドに反抗的な人間はすぐ通報されてしまうから」

「……そういうことね。分かったわ」


 今彼女がアイに返した反応がまさに『アンドロイドに反抗的な人間』の模範例のようだとノイカはしっかり自覚していたため、彼の言葉に素直に従った。


 言い方が悪かっただけで、アイは何も間違ったことを言っていないのである。


 ――それに、こんなところでAI統治国家保全機構に捕まるわけにはいかないもの。


 ちっぽけなプライドを捨てて仲間を助けられるのであれば、ノイカは迷わずプライドを捨てる。


 彼女は先に進むアイの後を追い、またもや心もとない梯子を上るのであった。

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