第23話 ネーミングセンス

「そういえばあんた、名前は?」


 FIエリアへ向かう地中通気ダクトの中、ノイカは隣を歩くアンドロイドに対して、『そういえば名前を聞いていない』と思った。


 アンドロイドという存在であるとはいえ、スクラップ場から助けてもらい、そのうえFIエリアへの案内までしてもらっている。


 だというのに、ずっと「あんた」や「ねえ」と話しかけるのは流石に失礼ではないかという彼女なりの配慮だったのだが、彼の返答はノイカの予想の斜め上を行っていた。


「名前? シリアルナンバーのこと?」

「シリアル、ナンバー……?」


 勿論彼女はシリアルナンバーという単語を知っている。

 知らないから聞き返したのではなく、何故『シリアルナンバー』と言い出したのかが分からなかったのだ。


 困惑するノイカなどお構いなしに、アンドロイドは続けた。


「心理カウンセリング型AIEAN2323042905132だよ」

「長ッ! っていうか名前じゃないじゃない!」

「名前というのは個体を識別するためにつけるものでしょう? それならボクにとっての名前はAIEAN2323042905132ということになる」


 ――それってつまるところ製品番号ってことじゃない!


 ノイカは声に出してツッコもうとしたが、ここで食い下がってもまた正論でねじ伏せられるのが目に見えていたので、言うのを諦めてしまった。


 ノイカがレジスタンスに参加する前……学校へ通っていた頃に出会ったアンドロイドは皆、人間のような名前を個体別で付けられていた。だから目の前の彼にも決まった名前があるのだとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


 なんだかノイカは悪いことを聞いてしまったとばつが悪くなる。だが当のアンドロイドはそんなことを気にしている様子はない。


「長いし覚えられないから私が付けてあげるわ」


 無いことが当たり前だったからあの反応が返って来たのだろう。でもそれはとても寂しいことだとノイカは思ってしまった。


 きっとこれは感情の押しつけなのかもしれない。それでも彼女は言わずにはいられなかった。


 名前について悩み苦しんだ時間があったからこそ、彼女はたとえ余計なお世話だったとしても、彼に名前を付けないという選択肢を取ることができなかったのだ。


「付ける? 名前は生産時からあるものではないの?」

「生まれた時から名前のある物なんてないわ。大体は後付けで決められるの。名前ってそういうものよ」

「知らなかった。世界は不思議だね」


 こんなことで世界の不思議を説くほうがよっぽど不思議だろうとノイカは肩をすくめた。


 アンドロイドというものは何でもかんでもデータとして情報を蓄積していると思っていたのだが……個体によって差でもあるのだろうか。


 そんなことを考えつつノイカは彼の名前を考えた。


 ここで言及しなくてはいけないのだが、ノイカはネーミングセンスが壊滅的にない。

 具体的に説明するなら、犬ならポチ、猫ならタマという名前をつける人と言った感じだ。


 見たままの情報をそのまま名前にするので、仲間たちからも「ノイカは名付けのセンスが皆無だよね」と言われて来ていたのだが、ノイカはそれを全然気にしていなかった。

 どうせいつものからかいのたぐいだろうと、彼らが言うことを流してしまっていたのだ。


 そしてそれが治ることなくここまで来てしまっているという始末だ。もちろん彼女は今彼につけた名前にも自信があった。


「……『アイ』でどうかしら?」


 他の候補はブルーだった。


 だが以前カイトに「ノイカって見たまんまの名前付けがちだよなー!」と言われたことがあったので、やめたのだ。


 ――我ながら、良い名前だわ!


 どや顔で伝えるノイカに対して、『アイ』は成程と手を打った。


「確か人類で『ローマ字読み』という文字の読み方を使っている種族がいたと記録にあったけれど……もしかしてそれで『AI』だから『アイ』なのかな。とても安直な名前だと思う」


 まさか渾身の出来だと思っていた名前がここまでボロカスに言われるなどとは露ほどにも思っていなかったので、ノイカは思わず転びそうになる。


 挙句名前の付け方についても指摘されるだなんて思ってもいなかった彼女は、先ほどまであんなに自信たっぷりな雰囲気をかもし出していたことに対して羞恥を覚えた。


 彼女はここで初めて、仲間たちが自分に言っていた「ネーミングセンスがない」というのは真面目な意見だったと知ったのだ。


 ノイカは得意げに緩ませていた目をキッと吊り上げて、彼のほうを睨んだ。


「う、うるっさいわね! ネーミングセンスがないって、今! 初めて! 知ったのよ! 悪かったわね!」

「うん。確かにセンスは無いね」

「お黙り! そんなに嫌なら別のを考えてやるわよっ!」


 怒りに任せて言葉を吐いているので、セリフが三流の悪役のようになっている。

 しかもまた似非お嬢様のような口調になっているのだが、怒り心頭の彼女はそこまで頭が回っていないので気が付いていない。


 ぎゃふんと言わせてやる!と意気込む彼女に、彼はふるふると首を横に振った。

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