第22話 貴方のいない世界を想像して、怖くなる

 ノイカはアンドロイドと握手をしていた手を離し、そのままそれを顎にやる。


「……それで、私の仲間がどこにいるのか知らないかしら? ……まだ生きているとは、思うのだけれど」


 カイトと白衣のアンドロイドのやり取りを思い出しながらノイカはそう問いかけた。

 彼女の言葉に肯定するようにアンドロイドは首を縦に振る。


「そうだね。セントラルタワー内で殺された可能性は極めて低いと思う」

「どうしてそう言い切れるの」


 ノイカも殺されていないとは思っていたが、百パーセント確信を持っていた訳ではない。なのに何故はっきり『それはない』と言い切れるのだろうか。


 アンドロイドはノイカと視線を合わせると「何故だかは知らないのだけれど」と言葉を続けた。


「セントラルタワー内で人を殺めることは禁止されている。数十年前にタワー内で殺人をしたアンドロイドたちがその場でスクラップにされたという事例があるんだ」

「それも学校で教えてもらったってこと?」

「学校? ボクがいたところは養成所だよ」

「あっそ」


 ――『学校』と『養成所』って何が違うのよ。ほぼ一緒じゃない。


 先ほどからちょくちょく訂正されているのでノイカは少しイラつきながらそんなことを思った。

 言葉の定義など今は議論しなくても良いことを分かっているので、彼女もあえてそれ以上アンドロイドにかみついたりはしないが、態度にはバッチリ反映されていた。


「それで、心当たりはあるのかしら?」

「恐らくはFIエフ アイエリア内にいると思う」

「FIエリア……?」

「セントラルエリア内にある一区画のこと。反AI統治思想の持ち主が収容される場所。彼らからはなぜか『サーカス』なんて呼ばれ方をしているらしいけれど」


『サーカス』という単語はノイカにも聞き覚えがあった。


 ノイカたちのような反AI統治思想を持つレジスタンスたちを捕まえて見世物にする場所と言うことは彼女も知っていた。ただ誰から聞いたのかは定かではなく、仲間内でいつの間にか噂がまっていたらしい。


 中には実際に『サーカス』を見たことがあると言っていた人間もいたらしいのだが……ノイカがレジスタンスに入る前にその人が姿を消したらしく、彼女はあまり詳細を知らなかった。


 兎に角、殺されていない可能性が高いことを純粋に喜べる状況でないのは確かである。


「……あんた、その場所がどこだか分かる?」

「教えて貰ったから知っている」


 それも学校……いや、『養成所』で教えてもらったのだろうかと聞く余裕はノイカにはもうない。


 何せ噂話の内容を思い出してからノイカは嫌な予感が止まらないのだ。

 でもこういう時こそ冷静にならなくてはいけないことも彼女は理解していた。捕まっているのならば、みんなを助けられるのは自分だけなのだから。


 ――しっかりしなさい、ノイカ!


 己を奮い立たせる言葉を投げかけ、彼女は覚悟を決めてアンドロイドの顔を見た。


「そこに案内して」

「キミが行きたいと望むのなら」


 またもやノイカの発言にアンドロイドは即答すると、コクリと頷く。

 返答の速さにノイカはまたもや内心驚くも、それ以上何かを言うことはなかった。


「FIエリアの近くまでは地中通気ダクトが使えるからまずはそこへ向かう。ついてきて」


 アンドロイドは一度だけ溶鉱炉へ視線を向けたが、直ぐに地中通気ダクトへの道へ足を向ける。


 ノイカも彼につられ燃え盛るマグマに視線をやってから、気持ちを切り替えるように駆け足でアンドロイドの後を追った。



 脚を踏み出す度に気の置けない仲間たちの姿が浮かんでは消えてゆく。


 ――リゼル。


 カイトと共にノイカをからかいながらも、いつだって場を明るくしてくれていた。

 小心者で気弱だけれど、ノイカの生い立ちについて親身に話を聞いてくれる優しい一面もある、そんな憎めない奴だった。


 ――アビー。


 ノイカにとっては姉のようで、そして母のような存在だった。いつだってノイカのことを気にかけてくれていて、繊細な一面もあるけれど聡明で、少しだけ責任感が強い人だ。


 思い出すのはセーフハウスで談笑しているリゼルとアビーの姿で、リゼルのしょうもないからかいをアビーが窘めているところだった。


 そんな二人から視線を外したその先でノイカは黄金色の瞳と目が合う。


 ――カイト。


 ノイカに手を差し伸べてくれたあの日から、彼女にとって世界の中心は彼だった。


 何でも卒なくこなす姿に少し嫉妬して、飄々としている態度を羨ましく思って……。

 憎らしくもそれ以上に感謝と尊敬が大きかった。


 彼がノイカに未来を、勇気を分けてくれたから、彼女は自分の足で一歩踏み出せたのだ。


 知った事実はノイカにとって残酷で無慈悲なものだったけれど、それでもカイトと過ごしてきた日々は彼に出会う前とは全く違い、鮮やかな色に包まれたものであった。


 ――カイトがいない世界だなんて、考えたくもない。


 助けてもらったあの時のように、今度は自分が彼に手を差し伸べる番だ。


 ノイカは自分に言い聞かせると、胸の前で両の手を握った。

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